特集 家族と向き合った日々を有名人6人が語った「私の介護体験記」

2012年12月16日(日) フライデー

フライデー賢者の知恵

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 大島氏が望むことは、できるだけ叶えてあげたいという小山。夫を車椅子に乗せて夫婦で映画を観に行ったり、昨年には京都旅行にも出かけている。

「介護には気持ちのゆとりが必要です。私も、〝介護うつ〟の経験から、週1日はデイサービスを利用して映画を観に行ったり、体力をつけるため水泳教室にも通っています。また、介護を経験したことでご近所付き合いのありがたさを身にしみて感じましたね。それまでは、仕事で忙しくお付き合いはありませんでしたが、介護していることを知ったご近所の方々が、買い物などを手伝ってくれるようになったんです。今では、一緒にご飯を食べたり、地域の行事に参加することが良い気分転換にもなっています」

 介護の日々は、女優としてだけでなく、普通の主婦としても人生を楽しめることを小山に教えてくれたのだ。

施設へ見舞いに行った際、サクさんに乞われてデビュー曲『潮来笠』の歌詞を書いた。左は妻の凡子さん

橋 幸夫
認知症の母の徘徊と幻覚

「最初に母の異変を察知したのは、私の姉でした。ある日突然、母の元で20年務めてもらっているお手伝いさんのことを泥棒呼ばわりするようになったというんです。でも、歳を取ったことで母も性格が変わったのかなと思う程度で、病気の症状だとは思いもしませんでした」

 橋幸夫(69)の母・サクさん(享年88)に異変が現れ始めたのは、今から30年ほど前のこと。当時はまだ、認知症という言葉がない時代。橋が病気だと思わなかったのも当然だろう。

 しかし、一人暮らしをしていた80歳の母を引き取り同居を始めると、ただの性格の変化ではないことに気づく。

「同居を始めてからしばらくして、今度は幻覚の症状も出たんです。僕が不倫をしているところを見たと近所に吹聴したり、時には息子の僕に襲われるという幻覚までも見ていたりして・・・・・・。しっかり者だった母がなぜこうなってしまったのかと思うと、悲しかった。そのうちに徘徊の症状が出始めたことで、これはいわゆる〝ボケ〟と呼ばれる病気なのではと思うようになったんです。そこから妻と一緒に老人性痴呆症(認知症)に関する書籍を片っ端から手に入れて読み漁ったことで、ようやく病気だと認識できました」

 サクさんの徘徊はやがて日に何度も行われるようになる。一時は70㎏近くあった体重も、この頃には40㎏台になり、身体は衰弱していった。

「母は脚が悪いのに、不思議なことに徘徊の時はそれさえも忘れるようで、別人のようにスタスタと歩くんですよ。深夜の街を徘徊して警察に保護されたこともありました。

次ページ    徘徊と並んでたいへんだっ…
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