21世紀のAIロボットが蒸し返す、19世紀のマルクス理論

米クイズ番組で歴代チャンピオンをリードする、IBMのクイズ解答コンピュータ「ワトソン」〔PHOTO〕gettyimages

 著名な経済学者のポール・クルーグマン氏が先日、ニューヨーク・タイムズ紙上で風変わりな視点から現代社会の変化を指摘していた。

●〈Robots and Robber Barons
The New York Times, December 9, 2012 By PAUL KRUGMAN

 それによれば現在の米国では、企業の利益が過去最高を記録する一方で、労働者の給与や福利厚生費は下落しているという。ちょうど今から1世紀以上も昔、カール・マルクスが指摘したように、資本家階層が肥太り、労働者階級が搾取されるような状況が、今、再現されているという。

 「そんなことは言われなくても分かってるよ。いつの時代だって、どこの国だってそうじゃないか」と反論したくなる人もいるかもしれないが、クルーグマン氏によれば、つい最近までの風潮は必ずしもそうではなかったという。少なくとも、ここ10年位は「資本家vs.労働者」という構図ではなく、むしろ労働者階級の内部における富の分配の不均衡が問題視されてきた。

 すなわち、金融セクターで働くトレーダーなど上位1%の労働者の収入が宇宙ロケットのように上昇する一方で、製造業界やサービス・セクターなどに属する99%の労働者の雇用が不安定化し、給与も下がっている。これが問題視されてきたわけであって、たとえば2011年秋から米ウォールストリート(金融街)を席巻した「We are the 99%(我々99%にも金をよこせ)」デモも、まさにそうした最近の世界観を反映していたと言える(もちろん、1%や99%など具体的な数字は正確な統計値というより、象徴的な意味合いで使われている)。

なぜ今、マルクスなのか?

 ところがクルーグマン氏によれば、そうした世界観が今や時代遅れになりつつあるという。確かに(一般に高スキル、高所得と見られる)大卒労働者と(その逆と見られる)それ以外の労働者層の間には、いまだに大きな所得差が存在する。しかし両者の差は広がらないばかりか、大卒労働者の収入も最近、抑えられる傾向にあるという。つまり労働者全体の給与が上から押さえつけられる一方で、企業(つまり資本家)だけが利益を増しているのが最新の状況なのだという。

 クルーグマン氏はその理由、あるいは、その背景にあるものとして2つの要因を挙げている。一つは80年代のレーガン政権時代に独禁法規制が解除されたことで超大型のM&Aが相次ぎ、産業各界で独占企業が蔓延ったこと。同氏はこれを「強盗男爵(Robber Baron)」と呼んでいる(もっとも、これは米国ならではの現象であって、日本の読者にはあまり関心のないことかもしれない)。

 もう一つの、そしてより興味深い要因は、高度な知的スキルをもった新たなロボットの出現だ。たとえば最近の米国の法曹界では、弁護士やパラリーガルに代わって、自然言語の処理能力を備えた解析用ソフトウエア(一種のAIロボット)が膨大な証拠文書などの解析に多用されるようになっている。これによって以前なら200万ドル以上もかかっていた文書処理の作業が、今では10万ドルもあればできるようになった。

 が、そのようにコストが削減される一方で、弁護士のような頭脳労働者、つまり高所得層の雇用までもが奪われる方向へと向かっている。

 同じようなことは医学の領域でも始まっている。2011年の冬に米国のクイズ番組「ジョパディ(Jeopardy)」で歴代チャンピオン(つまり人間)を破った、IBMのクイズ解答コンピュータ「ワトソン」は今、医療アドバイザー・ロボットへの転用が図られている。

 もちろん(人間の)医師にとって代わるものではなくて、あくまでも補助的な存在とされるが、一方で「今、医者がやっている仕事の80%はロボットにとって代わられる」といった意見が一部の専門家からは聞かれる。

●〈Technology will replace 80% of what doctors do
FORTUNE, December 4, 2012

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