佐々木俊尚 現地レポート Vol.1 「客観中立報道」という枠組みを乗り越え 被災地から生まれた「メディアの可能性」 特別寄稿 そこに日本の未来はあるのか 

2011年05月02日(月) 佐々木 俊尚

佐々木 俊尚日本の底力

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 男山というのは、気仙沼の誇る日本酒「伏見男山」の蔵元だ。昭和初期に建てられたモダンな店舗が気仙沼の中心地にあったが、津波にさらわれて斜めに傾いてしまった。

 私のような気仙沼にゆかりのない外部の人間は、「瓦礫の山がそこにある」というひとつのレイヤーしか目に入ってこない。しかし地元の人には、「瓦礫の山」と「瓦礫になる前の街の記憶」というふたつのレイヤーが重なって見えているのだ。その2層のレイヤーの感覚は、瓦礫の山を目の前にした時にまったく異なる視座を生じさせている。これはきわめて重要な違いだ。

 現場を取材して報じるというのは、物語を描くことである。目にしたことをそのまま書けば、記事になるわけではない。そこにひとつの物語を仮定し、その物語を通じて読者に論考なり思いなりを伝える。

 もしその仮定した物語が妥当性を持ち、説得力があれば、記事は読者に理解される。でも物語に妥当性がなく独りよがりだったりすると、読者に思いは伝わらない。だから物語をどれだけ説得力のあるものとして紡ぎ出すのかが、書き手の側の取材力や文章力、構成力といった力量になるわけだ。

 だが今回の震災のような圧倒的な現場では、そうした物語を紡ぎ出すのはほとんど困難なように思えた。なぜなら被災者と取材者との間に、共感の空間をうまくつくりだすことができないからだ。結局のところ第三者の記者なんて傍観者にすぎないし、そういう第三者の記者が被災者の内面に入り込むなんてできっこないのだ。

 被災者という当事者がつむぐ物語。傍観者である記者がつむぐ物語。それらの物語はうまく重ならないのである。

看護師や自衛隊、被災者のブログはなぜ心に響くのか

 自戒もこめて言えば、プロの記者はどうしても自分の作る物語へと取材した内容を落とし込んでしまおうとする。その方が楽だからだ。しかしそうやって作られた物語は多くの場合はステレオタイプで、当事者のほんとうの物語とはまったく異なるところで作られているのにすぎない。ステレオタイプな物語はわかりやすいけれども、当事者との間で共感の環が作られていないし、だから読者や視聴者の心にも響かない。

 だから震災後、マスメディアが報じた被災者の記事があまりピンとこなかった一方で、被災者本人や支援に入った看護師さん、自衛隊員といった当事者である人たちが書いたブログやTweetは、首都圏にいる私たちの心にも強く響いたのだと思う。

 しかしそういう震災後の状況の中で、つねに心に響く記事を書き続けているプロのメディアがあった。それは被災地の地元紙だ。仙台の大手地方紙河北新報、さらにもっと小さな市町村のコミュニティの中に根ざした大船渡の東海新報、輪転機が破損して手書きの新聞を避難所に貼り続けた石巻の石巻日日新聞。いずれの記事も、充分に当事者意識に溢れていて読む人の心を打った。

 私がその思いを最も強くしたのは、河北新報の寺島英弥さんが書いた「余震の中で新聞を作る」というシリーズだ。もともと寺島さんがブログに書いていた記事で、この現代ビジネスにも転載されている。津波被害にあった人たちのさまざまな体験談が、ていねいで静かな筆致によって描かれている。

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