宮台真司 × 安藤美冬 【第1回】
〈自分探し〉と〈世界探し〉、どちらに意味があるのか?

安藤 美冬

安藤: 自分探しばかりしているから弱くなってしまっている、と。

宮台: 簡単に言えばね。世界には、自分がやっているのとはまったく違うゲームをしている人が山のようにいる。自分がやっているのより面白いゲームも山のようにある。自分よりもタフじゃないと参加できないゲームも山のようにある。

 だから僕は〈ヘタレ化〉した輩に言いたいのね。「君が今やっているゲームごときで神経質になっていたんじゃ、日本の外に少し出ただけで終了だし、日本が将来少し変わっただけで終了だぜ、コップの中でキイキイ喚くな」って。

安藤: 世界ではとてもやっていけないわけですね。

宮台: そこがすごく大事なんです。〈世界探し〉を続けると、〈自分探し〉にこだわっていた自分が、ハナクソと同じなんだとわかってくるでしょ(笑)。ハナクソだと理解するという意味での〈自分探し〉なら、いいんですけどね。

"外籠もり"状態の中で得た貴重な気づき

安藤: 今のお話にすごく共感するんですけど、私自身は結局、10年ぐらい自分を探しても、自分がよくわからなかったんですよ。

宮台: ですよね。僕も年を取れば取るほど、ますます自分がわからなくなってきました。それは、世界がどんどんわかってきたからです。自分だと思っていたものが、だんだんどうでもよくなってきました。

 まあ、歳をとれば世界がわかるのは当たり前だけれど、若くたって〈世界探し〉をすればいろんなことがわかります。僕が、ピースボートに乗っていた若い人たちに言ったのは、こういうことです。

 日本人にも立派な人とヘタレがいる。中国人にも立派な人とヘタレがいる。在日にも一般永住者にも立派な人とヘタレがいる。日本人のヘタレと話すより、中国人や在日や一般永住者の立派な人と話すほうが、ずっと楽しい、と。

 そんなことは、外国でいろんな人と話したり、国内でいろんな外国籍の人と話したりすれば、誰でも百パーセント理解できるようになるでしょ。ってことは、キイキイ喚いている〈釣られ層〉って、単にコミュニケーション経験がないんだね。