宮台真司 × 安藤美冬 【第1回】
〈自分探し〉と〈世界探し〉、どちらに意味があるのか?

[左]宮台真司さん(社会学者、首都大学東京教授)、[右]安藤美冬さん(spree代表取締役/フリーランス)

ピースボートに乗ってみた理由

安藤: こんにちは。今日は「安藤美冬流 21世紀の歩き方」の第4回のゲストとして、社会学者の宮台真司さんにお越しいただいています。

宮台: こんにちは。よろしくお願いします。

安藤: 私、これまでにいろいろな本を読んできたんですけど、最近読んだ中では、宮台さんの『きみがモテれば、社会は変わる。』が圧倒的に面白かったんです。

宮台: あの本の原稿は、行く先々に編集者が張りついてきて、僕がちょっとずつ書いて渡していったという・・・。まさにノマド流でできた本ですね(笑)。

安藤: ハハハ。

宮台: どこに行っても編集者が待ち構えているので困りました。

安藤: そういえば宮台さん、一昨日までピースボートに乗船されていたんですよね。

宮台: はい。親友のK DUB SHINEさんとか有名人が数人乗っていましたが、以前と違って左翼臭はありません。かつてのピースボートは左翼的でしたが、現在の吉岡達也さんが代表になってから、意識的に脱イデオロギー化しました。

 だから逆に、乗船した人たちの間に共通前提がなく、バラバラになっていないかと事前に危惧しました。それも含めて、どんな問題があるのかを発見して吉岡さんに伝えるつもりで乗船しました。実際、いろんな問題がありました。

安藤: 若い社会学者の古市憲寿さんもピースボートに乗って、その経験を『希望難民ご一行様』という本に書かれましたけど、宮台さんも、そういうフィールドワークの意味を兼ねて乗船されたんですか?

宮台: あの本に書かれている程度のことは自明なので、それはありません。5年前から乗船を打診されていたんですが、今年(2012年)の1月にピースボート主催の「脱原発世界会議」に出席し、いいきっかけだと思いました。

 というのは、世界会議主催を含め、ピースボートは、可能性に富んだプラットフォームだからです。東日本大震災後も被災地の支援をしたり、山口県知事に立候補した飯田哲也さんの活動を応援したり、強力な活動をしています。

 ピースボートはもともと、世界各地の寄港地に「斥候部隊」を送り、人間関係を含めたさまざまなリソースを調達した後、「本隊」が大挙して乗り込む、といった軍隊的ノウハウを持っていますが、それが活きるからだと思います。

 高田馬場の本部では、ときどきレクチャーやワークショップをやっていて、僕も講師をしたりするんだけど、これも船上ノウハウの応用ですね。ボランティア活動とワークショップ活動の双方のプラットフォームとして強力です。

 こうした可能性がまだまだ潜在的なものに留まっていると思ったんで、可能性を触媒する仕組みを僕なりに探って吉岡さんたちに提案しようと思いました。乗船客は、缶詰め状態で変性意識に近づくので、やれることが多数あります。

安藤: 実は私、過去に2回、船旅を経験したことがあるんです。これまで49ヵ国を、主にバックパッカーとして旅してきたんですけど、初めて海外に行ったのは16歳のときでした。東京都主催の「洋上セミナー」という、青島幸男さんの都知事時代に始まって今は終わってしまった事業なんですが、都内の高校から選抜された生徒たちが上海、北京、天津の3都市を船で周遊するというもの。それが初めての海外で、しかも船旅だったんですよ。

宮台: 上海と天津はいいですね。母はフランス租界で生まれて育ちましたが、両方ともかつて租界があって、租界時代の建物を保存してあるので、各国情緒が味わえるだけじゃなく、戦間期の雰囲気がどんなだったのか想像できます。

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