なぜ日本から優れたリーダーがいなくなったのか? ~福沢諭吉の思想に学ぶ「独立自尊」の精神

 以前、本コラムで幕末の思想家である吉田松陰の次のような言葉を紹介した。

 「乱は兵戦にも非ず、平は豊饒にも非ず、君君たり臣臣たり、父父たり子子たり、天下平なり」

 これを現代語に訳せば、「戦争が起きているから世の中が乱れているわけではない、豊作だから世の中が平和だということでもない、主君が主君の役目を果たし、家臣が家臣の役目を果たし、父親が父親の役目を果たし、子が子の役目を果たして初めて天下は治まる」という意味である。

 今の日本の置かれた状況にぴったり当てはまるのではないか。日本は若者の就職難や格差の問題などがあるとはいえ、アルバイトでも働けば食うに困ることはない。街の家電量販店でもものは溢れている。

 しかし、世の中は何となく不安定であり、年金問題など将来不安もある。この理由は、政治家が政治家としての使命を果たしておらず、国民も国民としての責務を果たしていないからではないかと思う時がある。親の死を隠してその年金をねこばばしていた事件などは、国民がその責務を果たしていない最たる例ではないか。

 激動の時代を生き抜き、「安政の大獄」の政治犯として29歳で刑場の露と消えた松陰の言葉は今振り返っても重い。この平易な表現ながらも重厚な思想が、活動期間はわずかでありながらも「松下村塾」の門下生に多大なる影響を与え、明治維新を支えた傑物を育てたことは間違いあるまい。

国家の将来像という「思想」の欠如

 総選挙を控えて有権者の一人として日本の行く末を託すべきリーダーは誰かと考えてみたが、見当たらない。筆者は政治取材のプロではないが、乱立する「第3極政党」は選挙に勝つためだけの打算的な合従連衡を繰り返しているようにしか見えない。

 なぜ日本から優れたリーダーがいなくなったのかを自分なりに考えていくと、優れた思想家の欠如という課題に突き当たる。封建時代でも近代でも為政者(リーダー)の考えや行動の背後には必ず優れた思想家の存在があった。前述した吉田松陰も然り。徳川将軍全盛時代でも新井白石や荻生徂徠、室鳩巣といった幕政のバックボーンとなる思想を授ける人物がいた。最近では京都大学の故高坂正堯教授が挙げられるのではないか。

 為政者と思想家は「一対」であり、思想家の考えや発言が為政者の判断に大きな影響を及ぼしたが、今の政治家の周辺には優れた思想家が存在していないように思われる。円高やデフレ対策はどうすべきか、対米・対中交渉はどうしたらうまくいくのかといった経済政策や外交政策でのハウツー的なことを指南するコンサルタントに近い学者はいる。しかし、「思想家」が見当たらない。

 筆者が言う優れた思想家とは、安全保障や教育、経済政策など国づくりの根幹に関わることに対して、ぶれずに奥ゆかしい助言のできる人材である。今回の総選挙でもエネルギー政策などでリーダー的政治家の考えや発言がぶれるのも、その場しのぎ的に選挙に勝てばよいと考えているからであり、その背景には国家の将来像という「思想」の欠如が窺える。

 偉大なる思想家が今の日本社会にいないとすれば、吉田松陰のような過去の思想家に学ぶこともできる。時代を経ても陳腐化していない。筆者の独断ではあるが、松陰と並んで、今こそ耳を傾けるべき思想家は福沢諭吉ではないかと思う。

 『独立自尊』という本がある。東大教授を経て現在は政策研究大学院大学教授を務める政治学者北岡伸一氏の著書である。北岡氏は日本政府国連代表部次席大使を務めたこともあった。その書籍は、福沢諭吉の思想を中心とした伝記的著書である。北岡氏は大学のゼミで若い学生に福沢の生き様を教えてきただけに平易に福沢の思想が理解できる。

 筆者は、大分県中津市に今でも史跡として残る福沢諭吉の実家に友人の中国人ジャーナリストと一緒に訪ねたことがある。1万円札の1号券も飾られている。史跡を見た後でその友人が語った言葉が今でも忘れられない。

 「中国は列強の植民地になったのに、日本はならなかった。その理由がいま分かりました。福沢のような優れた思想家が日本にはいたからですね」

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら