浜田宏一(イェール大学教授)×安倍晋三(自民党総裁)「官邸で感じた日銀、財務省への疑問。経済成長なしに財政再建などありえない」

小泉政権時代に福井日銀総裁に直談判した

浜田: このたびは、元総理大臣である安倍晋三先生にお話を伺えるのは大変光栄です。自民党総裁という実力者の方が、デフレの問題点をちゃんと理解してくださり、日銀法改正の可能性まで政策の骨子としてあげていただけるのは、われわれを力づけてくれます。

 しかも、そのことがウォールストリートジャーナルを通じて世界に報道されるのは画期的なことです。金融に関して今のようなお考えをもたれるようになったのは、何時からのことですか?

安倍: もともとは社会保障を専門にしており、正直申し上げて金融については特別詳しくはなかったのです。しかし(小泉政権で)官房長官に就任するといろんな政策について説明を受ける立場になり、いろいろ教えていただく機会は多くなり、その中で勉強させていただきました。

 ちょうどその直前、森喜朗首相、宮沢喜一財務大臣の時代に、日本銀行の速水優総裁が、政府側からしばらくゼロ金利体制を続けてほしいという要請があったにもかかわらず、それを止めてしまったということがありました。

浜田: ああ、そうでした。

安倍: その1年後、結局、景気は厳しくなりました。最近、当時の議事録が新聞記事にもなっていますから、読むと面白いですね。そこで彼らは当座預金にお金を積むという量的緩和をしたのです。

 しかしその後、小泉政権になり、日銀総裁も速水さんから福井俊彦さんに代わったので
すが、そこで量的緩和を止めてしまいました。

浜田: はい。

小泉内閣で内閣官房副長官を務めた安倍氏(写真は2003年3月)〔PHOTO〕gettyimages

安倍: その時、小泉総理と私と日銀の福井総裁、武藤敏郎副総裁さんの4人で昼食をともにする機会がありました。そこで福井総裁に内閣側からお願いしようとしたのです。小泉総理から直接ではなくて、私が言ったほうがいいだろうということで、「もうしばらく量的緩和を続けてもらえないだろうか」という話を私がしたのです。

 ただ、当時は私も、「そうはいっても、この人たちはみんな金融の専門家だから、日銀の言うことが正しいのかもしれない」ということが頭にありました。しかし、その後、自分が総理になり辞めてしばらく経って、これまでのファクトの積み重ねをふりかえって見ると、必ずしも彼らが正しくなかったということが分かってきました。

浜田: そう正直に言っていただき、とてもうれしく思います。

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