二宮寿朗「広島に栄光もたらした三本の矢」

 2012年のJ1を制したのは、サンフレッチェ広島だった。1993年にJリーグが発足した当時の10クラブのなかで、広島だけが3大タイトル(リーグ、ナビスコ杯、天皇杯)を獲得していなかった。それが節目となるリーグ20周年目にJ1制覇を成し遂げ、悲願の初タイトルを手にしたわけである。

大きかった守備の安定

 育成、継続、共有――。まさに三本の矢が、広島に栄光をもたらした。

 この優勝は22ゴールを挙げて得点ランキングのトップを走るエースでキャプテンの佐藤寿人に引っ張られた印象が強い。ただ、スタメンに並んだ森脇良太や、森﨑浩司・和幸の森﨑ツインズ、そして今季ブレイクした高萩洋次郎らは広島ユースの出身だ。育成に力を入れてきた成果がようやく実を結んだとも言える。

 サッカーファンならご存知だろうが、94年にユースの選手寮をJクラブのなかで初めてつくったのが広島だ。
 安芸高田市の山あいにある「三矢寮」。ここでユース年代の15~18歳の選手たち全員が寮生活を送り、栄養士のもとで栄養管理が徹底される。県立吉田高校に通い、授業が終わってからは天候の影響を受けにくい人工芝グラウンドで練習する。

 充実しているのは、サッカーの環境ばかりではない。月に1度、講師を招いての「コミュニケーション講座」もあるという。寮長が普段の行動にも目を光らせ、人間形成も行っていく。現在、ジュビロ磐田で活躍する日本代表サイドバックの駒野友一や、浦和レッズでプレーする柏木陽介、槙野智章も「三矢寮」の出身である。ここからさまざまなタレントが巣立っているのだ。

 そして優勝に大きく手腕を発揮したのが、クラブ史上初の生え抜き監督となった森保一ある。
 元日本代表ボランチで、あの「ドーハの悲劇」も経験している。04年1月、ベガルタ仙台で現役を引退すると、同年から広島に戻って強化部コーチに就任。05年からU-19日本代表コーチも兼任し、07年のFIFA U-20W杯にも帯同した。同年9月からミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現浦和監督)のもとでトップチームのコーチに就任し、指導者としてのノウハウを学んだ。10年からアルビレックス新潟のヘッドコーチを務め、今季、監督として広島に戻ってきた。

 守備面に難のあったスタイルにリスクマネジメントの処方を与え、失点数は激減した。第33節終了時点で34失点は横浜F・マリノスと新潟に次いで少ない。守備の整備が安定感につながり、攻撃の流れも良くなっていった。ペトロヴィッチ前監督が築いた攻撃的なスタイルを広島の「伝統」として受け継ぎつつ、その精度をより高めていったことで成果が表れたのだ。