読書人の雑誌『本』
「昭和のドラマトゥルギー 戦後期昭和の時代精神」
著:許光俊
昭和の美男美女

「まことに凜々しい顔立ちで、濃い眉も大きくみひらかれた瞳も、青年の潔らかさといさぎよさをよく表わしていた」

 さあ、これは誰が誰の顔を描写した文だろうか。

 答は、武山信二中尉、すなわち三島由紀夫が短編小説『憂国』で描き出したところの主人公の顔立ちである。

 武山中尉は、二・二六事件で蜂起した友人たちと志を同じくするため、新婚間もない妻と熱く契ったのち、腹を切る人物である。竹を割ったように、というか、すっぱりしすぎた性格とも思えてしまう軍人である。勇ましいから武山という姓がついていて、信念に殉じるから信二という名がついている。名前が本質を表すとは、古今の小説家が好んで用いてきた常套手段である。

 何はともあれ、その顔立ちの説明は、こうやって取り出してくれば、しかしまあ何と紋切り型な、と呆れるほかない。華麗なレトリックを駆使する三島らしくもない、ほとんど漫画チックな安手の描写である。ちなみに、三島由紀夫がこの作品をもとに後年制作した映画『憂国』(1965年制作)では、作家本人が主人公を演じている。

 巧みな、というか賢い撮影法で、素人俳優である三島の顔はほとんど帽子に隠されていて、見えない。写せば、救いようがない素人っぽさがバレてしまうからである。

 その三島の顔も、眉毛が太く、目が大きい。あるいは、先ほどの描写には、作者自身の強烈な自己愛が反映されてしまっているのかどうか。ただ、彼の目は確かに大きいのだけれど、凜々しいというよりはどんぐりのような、ぬいぐるみ的な脱力系である。ますますもって、三島の顔をできるだけ帽子で隠して撮影したのは巧妙なやり方だったと感心せざるを得ない。写せば、悲劇が喜劇になっただろう。

 
◆ 内容紹介
梶原一騎、ピンクレディー、阿久悠、三島由紀夫の自演映画『憂国』・・・戦後昭和期の隠された欲望をサブカルから剔抉する本格評論。 混沌から空虚へ―戦後昭和期の時代精神の深部を、劇画、歌謡曲、映画、少年小説など“サブカル”ジャンルの作品の詳細な「読み」から剔抉する本格評論。