野田首相には年内解散以外の選択肢はなかった! 旗を失った民主は「流れ解散」に向かい、安倍自民は第3極と手を握るとみた!
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 野田佳彦首相が11月16日の衆院解散を表明した。政府・民主党の三役会議では、12月16日の投開票も決まった。10月26日付コラムで都知事選とのダブル選になる可能性を指摘してから、私は『週刊ポスト』の連載コラムを含めて、一貫して年内解散の見通しを示してきた。それは的中した。

 それで思い出すのは、いまは休刊になった『月刊現代』の2008年10月号で福田内閣の退陣を私が予告したときのことだ。「麻生&公明党が仕掛ける福田内閣10月退陣!」というタイトルを掲げた11ページの記事は、麻生太郎幹事長(当時)と公明党がタッグを組んで福田康夫政権の倒閣に動いている様子を描いた。

 雑誌は9月1日の発売だったが、まさに同じ1日の夜9時半から福田は首相官邸で緊急記者会見を開いて、内閣総辞職を表明した。記事は「麻生と公明党が福田倒閣・麻生への禅譲を目指すなら、ぎりぎり10月が大きな山場になるとみて間違いない」と書いて、10月退陣の見通しを打ち出していた。結果的に予想は1ヵ月早まって的中する形になった。

 この記事は当時、それなりに注目され、ネットや新聞で取り上げられた。

公開情報から政局の流れをつかむ

 今回の年末解散も政局の節目を当てたという点で同じである。どうやって展開を予想したかというと、実はまったく同じ作業である。今回はそれを公開したい。たいそうな秘密の取材をしているわけではないから、別に公開したところで、私の商売が上がったりになるわけでもない。読者の参考になれば、と思う。

 それは、まず政権内外の動きをしっかり観察する。そのうえで自分が政局を動かすプレーヤーだとしたら、どう動くかを考える。それに尽きる。政治はよく「一寸先は闇」と言われるが、私の感覚では、そんなことはない。政治家だって人間である。自分の利害に反する動きはしない。

 目標を達成するために、どうすれば良いか、ベストの選択肢を考える。そのために事前に布石も打つ。もちろん「謀(はかりごと)は密(みつ)なるをもって良しとする」という言葉があるように、外部にはうかがい知れない陰謀もあるだろう。だが切れ端くらいは外に漏れて、公開情報になっている部分もある。

 外に漏れた「布石」を自分が立てた仮説にしたがって積み上げていけば、それなりに政局の道筋が見えてくるのだ。まったく関係者に取材しないでそれができるかといえば、たしかに難しい。だが、政局の流れを7割程度つかむには、公開情報だけでも十分可能と思う。

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