「存在に値する」会社の必要条件は何か? それは過去を健全に否定し、世の中に新しい価値を送り出し続ける「起業家精神」だ!
〔PHOTO〕gettyimages

 本コラムでは2回連続でパナソニックやシャープの大赤字と経営責任の話を書いた。「もっと厳しく書け」「批判して書き過ぎだ」といった声が読者や知人から寄せられた。物書きである以上、自分が書いたことに様々な批評が加えられるのは当然であると思っているし、耳を傾けるものもあれば、無視するものもある。

 そうしてあれこれ考えるなかで、利益を出した会社が偉いのか、株価を上げた会社が偉いのか、経団連会長になる会社が偉いのか、といった具合に「会社はなぜ存続しているのか」という根源的な問題を考えてみた。ここでいう「偉い」の意味は、「存在に値する」といったイメージに近い。

 個人や公的年金の資産の運用対象となる上場企業の株価は我々の生活にも大きな影響を与える。その株価を支えているひとつの指標が企業の収益であることは間違いない。この2つは非常に目に見えやすい指標だから、筆者も含めて経済記者はみなその上がり下がりを見て企業経営を論じる。

 しかし、筆者は利益や株価だけでも企業を評価しない。その企業の姿勢や志も見る。たとえ赤字で株価が下がっていても、将来を見据えた準備段階にいるだけのケースもある。筆者流に言うと、偉い会社とは「新しい価値」を生み出している会社である。

 新しい価値とは、リスクに立ち向かい、これまでにないような経営手法を用いて新しい技術やサービスを生み出し、世の中を進化させるという意味合いが多分に込められている。新しい価値を生み出すから顧客が付き、利益も生まれる。要するに、「儲けは後から付いてくる」といった経営方針の会社を評価するようにしているのだが、多くの日本企業からはこうした志が消えているように思えてならないのである。