特集 老いても障害があっても出かけよう
トラベルヘルパーがお伴[介護旅行]

トラベルヘルパー講習で車いすを使用する研修を行う受講者=札幌市で9月1日(日本トラベルヘルパー協会提供)

 「思い出の土地にもう一度行ってみたい」「人生の最後に先祖の墓参りをしたい」――高齢で体が弱ったり、病気で不自由になった人たちの旅の夢や、それをかなえさせたい家族の希望などに応えるために、トラベルヘルパー(外出支援専門員)がお伴する「介護旅行」が注目されている。06年に設立されたNPO法人「日本トラベルヘルパー協会」が発足し認定資格者を育成している。超高齢化社会を迎え需要はますます増えるとみられ、観光地の衰退に悩む自治体では活性化と雇用促進のためにトラベルヘルパーを養成して介護旅行を誘致する動きもある。政府の「観光立国推進基本計画」では誰でも安心して旅行ができる「ユニバーサルツーリズム」の推進がうたわれており、地域からの観光立国への種がまかれている。

 NPO法人「日本トラベルヘルパー協会」の理事長を務める篠塚恭一氏(51)は、介護旅行の草分けである「株式会社SPIあ・える倶楽部」(東京都渋谷区)の創業者だ。大手旅行会社の添乗員を経て旅行サービスの人材育成などに長く携わってきた人で、90年代半ばに超高齢化社会に向けた旅行業界の新たなビジネスを開発し、介護や看護の技術と経験を併せ持ち、旅行の企画から道中の介助をする「トラベルヘルパー」の養成に乗り出した。

 さらに篠塚氏は、民間会社のビジネスから社会的な事業に広げるためにNPO法人を立ち上げて、自社で開発してきたノウハウを全面的に公開した。09年からは外出支援や介護旅行のプロを養成するために、独自の資格検定制度を作り、利用者の信頼を高めている。

 篠塚氏の取り組みについては著書「介護旅行にでかけませんか」(11年、講談社)に詳しい。これまでは旅行に出かけるのは不可能と見られていた人たちのトラベルヘルパーとの試行錯誤の道中記が興味深い。その一部を紹介する。

 ○東京都内の84歳の女性の宮古島への3泊4日の家族旅行のケース。転倒して歩けない状態のためケアマネージャーの紹介で息子が「あ・える倶楽部」に相談してきた。介護施設で10年以上のヘルパー歴がありホームヘルパー1級の資格を持つ女性トラベルヘルパーが旅行先のバリアフリー化の状況を調べ介護タクシーを手配。女性は車いすから降りて孫と海水浴まで楽しんだ。

コスモスの花畑でパチリ=三重県桑名市で10年9月25日(SPIあ・える倶楽部提供)

 ○脳梗塞で特別養護老人ホームで5年間ほぼ寝たきり状態だった77歳の男性は「温泉に入りたい」としきりに訴え、妻が新聞で見た同社に相談。食べ物を刻まないと食べられないため、刻み食も可能な神奈川県・湯河原の温泉に車で行くことになった。体調を見守りながら、女性トラベルヘルパーと応援で駆けつけた篠塚氏の2人がかりで念願の露天風呂に入ることができた。

 ○海外旅行が趣味だった71歳の女性は初期の認知症が出ていたがブルガリア旅行を実現した。2人の娘が最後の海外旅行のプレゼントにと同社に相談。海外旅行の添乗業務に携わることができる総合旅程管理主任者の資格を持つ女性トラベルヘルパーが10日間のパック旅行に同行して、旅先でのさまざまなトラブルを解決した。旅の記憶は残らないだろうと周囲は思っていたが、女性は3年たっても「私、ブルガリアへ行ったのよね。楽しかった」と話しているという。

 体が不自由な人向けの旅行商品はいわゆる「バリアフリー旅行」として大手旅行会社も売り出してきている。比較的自立した生活を送れる人はバリアフリーの情報があれば旅行を楽しめる時代になりつつある。

 06年に施行された高齢者や障害者の移動を円滑にすることも定めた「バリアフリー法」に基づき、1日当たりの利用者が3000人以上の鉄道駅やバスターミナルなど全ての旅客施設のバリアフリー化が義務付けられた。国土交通省安心生活政策課の進捗状況のまとめでは、11年度末で段差の解消は81・1%、視覚障害者誘導用ブロックは92・6%、障害者用トイレは78・0%整備されている。一方、鉄道車両のバリアフリー化は52・8%、ノンステップバスの導入は38・4%にとどまっている。

 しかし、受け入れる観光施設のバリアフリー化が十分とはいえず、その情報が共有されていない問題もある。高齢者は障害、病気を抱えている人が気楽に旅行できる環境は整っているとはいえない状況だ。あ・える倶楽部は、「本人の意思」「家族の同意」「医師の許可」の3条件がそろえば、基本的にどのような状態の人でも介護旅行の相談に応じる方針。実際、要介護5という寝たきりの106歳のお年寄りの旅行も取り扱ったことがあるという。

 日本トラベルヘルパー協会が行っている資格検定は、3級、準2級、2級の資格を設けている。3級は基礎知識の習得で、身近は人の外出を支援できることが目的。準2級は要介護の人の日帰り旅行を支援できるスキルを身につける。2級はプロとして宿泊の介護旅行サービスを提供できる能力を持つことが要求される。

 準2級以上はホームヘルパーなどの資格が必要。実地研修が課され、砂利道や人混みの中での車いすでの移動を経験したり、宿泊介護の経験も積むことが要求される。同協会は将来的に介護旅行の企画・提案から教育指導、普及啓発などもできる1級を創設する計画だ。これまでにトラベルヘルパーの資格を取得した人は約300人。平均年齢は40歳代後半で男女比は4対6くらいという。

将来は4人に1人が75歳以上の社会が到来

 介護旅行が注目される背景には、日本の超高齢化の実態がある。内閣府の「高齢社会白書」(12年版)によると、11年10月現在の65歳以上の高齢者人口は過去最高の2975万人で、高齢化率は23・3%。国連の報告書で14%を超えた94年に「高齢社会」といわれたが、すでに超高齢化社会を迎えている。さらに75歳以上が11・5%と10人に1人以上が後期高齢者だ。

 人口が減少傾向になり高齢化率はますます高くなる。団塊の世代(47~49年生まれ)や団塊ジュニア世代(71~74年生まれ)の高齢化に伴い60年には2・5人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上と推計されている。

 観光庁も国の成長戦略に位置付けられている観光産業の振興のためには「ユニバーサルツーリズム」の普及が必要と考えている。「現時点で制約を持った人で旅行に行かない層」が旅行に行くようになり、また「将来障害を持つ可能性がある層」がこれからも継続して旅行に行くことができるような環境整備が重要という。

 長引く経済の低迷の影響で、10年の総旅行者数(国内宿泊旅行)は00年に比べ8%減の2億9855万人、その総消費額は20%減の9兆5600億円と旅行市場は縮小している。このため、観光庁は潜在的な需要の大きい高齢者や障害のある人の旅行への対応策が必要不可欠としているが、本格的な対策には至っていないのが現状だ。

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