古川元久・前国家戦略担当相が語った本音 「私が『原発ゼロ』を決めたのは"変節"でも"ポピュリズム"でもない」

 政府は9月に決めた「革新的エネルギー・環境戦略」で、「2030年代に原発稼働ゼロを可能にするよう、あらゆる政策資源を投入する」ことを決めた。事実上の「原発ゼロ」宣言に、経済界や原発立地自治体は猛烈に反発。日米原子力協定を結ぶ米国からも強い懸念の声が内閣に寄せられたという。

 戦略をまとめる過程で主に議論を続けてきたのは、細野豪志・環境相兼原子力行政担当相、枝野幸男・経済産業相兼原子力損害賠償支援機構担当相、古川元久・国家戦略担当相、仙谷由人・民主党政策調査会長代行の4人。当初、脱原発派の枝野氏に対して、仙谷、細野、古川の3氏は原発容認派と見られていた。

 ところが会議の中盤から古川氏が最も「脱原発」を主張するように変わったという。原発の存続と再稼働を画策していた経産官僚などからは「変節した」と指弾される古川氏。いったい、脱原発を目指す方針に転向した背景には何があったのか---。

いつか必ずそうならざるを得ない現実

古川元久・前国家戦略担当相

 「私が革新的エネルギー・環境戦略で最終的に『原発ゼロ』を目指すことにした最大の理由は、使用済み核燃料の問題です。原発を動かした場合に、出てくる"ゴミ"をどう処理するかは決まっていません。そんな中で原発を動かし続ければ、いつかゴミの一時的な置き場すらなくなって、原発は動かせなくなる。この使用済み核燃料の処理の問題を考えれば、原発ゼロは選択肢の問題ではなく、いつか必ずそうならざるを得ない現実なのです」

 もちろん、古川氏がそう考えるに至ったきっかけは東日本大震災に伴う東京電力福島第一原発の事故だったという。

 「福島第一原発の事故でパンドラの箱が開いてしまったのです。これまでは使用済み燃料は再処理されて利用されるので、"ゴミではなく資源"とされてきました。いつかは最終処分せざるをえないとしても、それはずっと先の話として、最終処分場も決まらないまま、この問題に真剣に向かい合ってこなかった。

 しかし、今回の事故でこの使用済み燃料の処分の問題をはじめ、これまでの原子力政策のさまざまな矛盾が国民の目に明らかになってしまった。もはやこうした問題を直視しないわけにはいかないのです」

 古川氏は内閣府特命大臣として、国家戦略担当のほか、科学技術担当なども兼務した。そこで担当する日本学術会議などの知見を得ることになる。

 「これまで考えられてきた我が国の最終処分の方法は、廃棄物をカプセル容器に密閉したうえで、地下深くに掘った空間の中に閉じ込めてしまおうというものです。ところが、先日、学術会議が提言書を発表し、日本列島の地層は不安定で最終処分の適地がないと指摘しました。つまり日本には捨て場所がないのです」

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