田中克郎 第2回 「鹿児島の薬剤師一家に生まれるも、兄弟でただひとり弁護士を目指して中央大学法学部へ」

撮影:立木義浩

第1回はこちらをご覧ください。

シマジ 田中さんは見るからに健康そのものという感じで、じつに色艶のいいお顔をしていますね。人間ドックには毎年通われているんですか?

田中 8年前までは毎年通っていました。会員制の人間ドックでしたが、2日間の入院がぼくにとってはパラダイスだったんです。いつも仕事に追われていたので、その2日間はとっても貴重な時間だったわけです。ゆっくり読書が出来るし、1人でのんびり考え事も出来る。第一、人に会わなくて済みますからね。

 ところが検査医療が発達して、2日かかっていたものが1日になり、最終的には午前中だけで済むようになり、休養するためにわざわざ入院していた会員制の人間ドック自体が消滅してしまったんです。その後は人間ドックからは遠ざかってしまいました。

 健康管理も大事ですが、やはり最後は寿命でしょう。もし何かあったら、それは仕方ないことだと諦めています。ぼくの親父は人間ドックなんて受けたことはありませんが、101歳まで元気に生きました。それも鹿児島ですから、亡くなる直前まで毎晩浴びるように焼酎を飲んでいましたよ。

シマジ お父上の職業は何だったんですか?

田中 商店街で薬局をやっていました。

シマジ いわゆる薬剤師ですか?