官々愕々
シンドラー事故と官僚マインド

 10月31日、金沢市内のホテルで、シンドラー社製のエレベーターで死亡事故が起きた。シンドラー社と言えば、2006年に男子高校生が圧死するという悲惨な事故を起こしたことを覚えている方も多いだろう。事故原因は、どちらも扉が開いたままエレベーターが上昇したことだ。

 '06年の事故後、国土交通省は法改正して、扉が開いたままカゴが動くことを防止するためエレベーターに補助ブレーキ設置を義務付けた。ところが、この義務は、法改正が行われた時('09年)より前に設置されたエレベーターには適用されない。今回事故を起こしたエレベーターは'98年設置なので義務付けはなく、結果として補助ブレーキはなかった。このように補助ブレーキが付いていない古いエレベーターは現在、日本でまだ数十万台稼動しているという。どうしてこんなことになるのか。

 日本の安全規制は、国民のためにあるというより、政府の責任逃れのためにあり、さらにひどい時は、業界と癒着するための手段として使われることさえある。今回の規制も、国民のためを思うなら、古いエレベーターにも補助ブレーキの設置を義務付けるべきだろう。

 もちろん、その費用負担に耐えられないという声が出るだろうが、人の命には代えられない。百歩譲っても、一定の猶予期間を与えて義務化する必要がある。もちろん、猶予期間中に事故が起きる可能性は否定できない。そこで補助ブレーキがついていないエレベーターには、巨大な文字で、「危険! 補助ブレーキがついていません。扉が開いたままエレベーターが動くかもしれません!」とエレベーターの乗降口付近に目立つように表示させたらどうか。お金はほとんどかからないから、実施は容易だ。

 そうすれば、ホテルはもちろん消費者相手の商売をするテナントビルやオフィスビルなど、外部の人が出入りするビルでは、急いで補助ブレーキをつけることになるだろう。マンションでも、住民の間から対応しようと言う声も出やすくなる。

 事故が起きた時に官僚が考えることは、「何もしないのか!」という批判からどうやって自分の身を守るかである。そこで、規制を強化するために法改正はして、「やりました」と言う。しかし、それで実効が上がるかどうかまでは関心がない。

 大きな事故があった後は、みんなが気をつけるからしばらくは事故が起きないだろう、自分は長くても2年で異動になる、前例では既存のものには遡及適用しないのが原則だ。そんなに無理して既存のエレベーターにまで補助ブレーキをつけろというと、やり過ぎだと業界から文句が出るし、業界団体に頼まれた国会議員からもクレームが入る。だから、既存のものには義務化しない。逆に、そう手心を加えることで業界に恩を売ることができて、その団体に天下りを送ることもできるという計算も働く。

 だから、ぎりぎりの知恵を出して、調整に汗をかいてでも、何とか事故を防ぐための方策を考えようということにはならない。規制を強化した後のチェックも甘い。立ち入り検査は、多くの場合事前通告ありで、問題がわかっても、たいていは指導止まり。罰則適用は極めてまれだ。

 4月に群馬県で起きたツアーバス7人死亡事故のケース。事故後に規制が強化されたが、8月には宮城県でツアーバス事故が起きた。国交省は事故を起こした会社に規制強化後に立ち入り検査していたのに、違反を見落とすという失態を演じている。国民不在の安全規制。その極め付けが、あの福島第一原発事故だったのだ。

『週刊現代』2012年11月24日号より

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