スクープした記者が明かす 恐怖の「胆管がん多発事件」はなぜ起こったか【前編】文・立岩陽一郎(NHK記者)

2012年11月15日(木)
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半端ではない洗浄剤の量、換気していない作業場

本田が大阪市中央区にあるSANYO-CYPという印刷会社に入ったのは2000年4月。高卒者向けの合同就職説明会で話を聞き、印刷業に魅力を感じたからだった。

この会社が専門にしていた「校正印刷」とは、ポスターなどの印刷物を刷る前段階の、色合いを確認するための作業だ。赤、青、黒、黄の4色のインクを順番に、ブランケットと呼ばれるローラーに伸ばして印刷する。赤を刷った後は、赤のインクを洗い落とす。そして青を載せる。青を刷った後は、青を洗い落として黒、黒の後は黄・・・という風に作業が続く。

こうして、数枚刷るごとに洗浄剤でインクを洗い落とす、という作業を繰り返す 。そのたびに、洗浄剤をボトボトと布にかけて染み込ませ、それでブランケットを拭いていく。

作業場は地下1階。中は洗浄剤の強い刺激臭が立ちこめていたという。

「きつい刺激臭でした。洗浄剤を使うときは、息を止めてやっていました」

本田は当時を回想する。洗浄剤を使う頻度は半端ではなかった。

 

本田が働いていた100㎡ほどの作業場には、印刷機が7台置かれていた。それぞれの印刷機の下には大きな排気口があり、社長の自慢だった。別の元従業員は、社長がこの排気口を指して、「日本一の換気装置や」と自慢していたのを覚えている。

しかし、この排気口は十分な空気を吸い出してはいなかった。後の厚労省の調査で、この排気口の吸い出していた空気は、すべてを合わせて毎時1200立方メートルだったことがわかっている。その4倍の空気を吸い出していたメインの排気口は、これとは別に壁などに設置されていたが、その空気は外部には排出されていなかった。吸い出された空気は部屋に戻されていたのだ。

これには理由がある。印刷業にとって避けたいのは紙の収縮だ。そのため、湿度と温度は一定でなければならない。排気口は、その湿度を取り除くための装置であり、空気を取り換えるためのものではなかったのだ。

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