独占告白 敗軍の将おおいにボヤく 岡田彰布
反省------選手は「監督が怖い」といって離れていった

「歯がグラグラしとんねん」。電撃解任から約3週間、記者の前で名将は実に自然体だった。契約最終年、集大成のシーズンでまさかの大失速。この男ですら歯が立たなかったオリックスとはいったい---。

選手は泣いてくれたけど

 辞めることに関しては、何とも思うてないですよ。3年契約の3年目という区切りやったし、この世界、勝てんかったら監督が責任を取るのは当たり前のこと。優勝せんかったら辞めなアカンと思っとった。

 9月も下旬になったら、戦力外通告する選手を誰にするとか、ウインターリーグにどの若手を連れて行くとか、秋季キャンプはいつからやるとか、球団と話し合って決めなアカンのやけど、今年はそれがなかった。こんな成績(最下位)やし、流れ的にも、「今年で最後なんやろな」と分かるやないですか。それやったら、ハッキリさせてもらおう思うて、9月18日、最後の札幌遠征の際に本部長(村山良雄球団本部長)に会うたんです。

 その後、千葉でのロッテ3連戦の前の日に本部長がオーナー(宮内義彦・オリックス会長・グループCEO)と会うて、進退が決まった。で、22日に千葉マリン(QVCマリンフィールド)で本部長から今季限りといわれました。「最終戦まで指揮を執ってほしい。残り試合、全力で戦ってくれ」「分かりました」というやりとりをした。その時点で10試合残っとったかな。

 それまでの監督がほとんど1年ずつで替わってたところを、オレは3年やらせてもらった。ならば総括やないけど、記者会見開いて、「せっかく呼んでもらったのに、結果が出ませんでした。すいませんでした。ただ、チームは成長しています」と、反省して、展望を述べるのが普通でしょ。ネクタイ締めてね。それが---「残り試合、全力で戦ってくれ」と言われてから3日後、25日にアレを渡されて終わってしもた。ネクタイどころか、球場入りした直後でポロシャツ一枚よ。

 阪神タイガースの元スター・岡田彰布は指導者としても結果を残した。阪神二軍打撃コーチとして後の主力となる関本賢太郎を鍛え、二軍監督に就任するや2年連続で日本一。'04年から一軍監督に就任した。'05年にリーグ優勝を果たすなど、在任5年で4度、チームをAクラスに導く。'10年からはオリックスの監督に就任。本塁打王・T-岡田の育成や交流戦優勝など、一定の成果をあげたが、その最後はあまりに寂しかった。9月25日、村山本部長が試合前の岡田氏に突きつけたのは、同日付で岡田監督の解任を告げるリリースだった。この日のソフトバンク戦は急遽、森脇浩司代行が指揮を執ることに。

 ヘッド(同じ日に解任された高代延博ヘッドコーチ)なんてもうユニフォームに着替えとって、スタメン書いた紙をオレのとこに持ってくるところやったからね。あまりに突然のことで、もちろん広報も何も一切なし。

 とにかく、バッティング練習が終わった直後の4時5分に選手だけ全員集めた。「最後まで指揮を執る」っていうてたわけやから、説明せなアカンなと思うて。