明治維新の賊軍・会津藩の教えはなぜ近代日本教育の礎となったのか? 次回NHK大河『八重の桜』が面白そう!

 NHK大河ドラマ『平清盛』が前代未聞の低空飛行を続けている。視聴率1ケタ台。このままでは「大河不要論」さえ浮上しかねない。

 次回作『八重の桜』は視聴者の期待に応え、大河を復権させられるのか? 調べてみたところ、かなり面白そうだ。まず、時代の選び方、描かれる人物が興味深い。それを料理する脚本家も『ゲゲゲの女房』を成功させた山本むつみさんだから、安心できる。

 ビジネスマンの間では、物語で描かれる旧会津藩の教育が話題になりそう。明治維新から戦後における日本の驚異的な発展は「会津教育」が源泉だったといっても過言ではない。会津は前半の舞台である。

気高く生き、教育の礎をつくった人たち

 制作統括の内藤慎介氏(55)が語る。

 「明治維新後、旧会津藩の教えは全国に広められました。日本人の原点なのです」(内藤氏)

 内藤氏は『天地人』(09年)などをヒットさせ、国内外のドラマコンクールで数々の賞を受けたNHK屈指の制作マン。制作の端緒は内藤氏が東北の史実を調べているうち、歴史の中に名前が埋もれていたが、気高く生き、教育の礎をつくった人たちを知ったことだった。

 その一人が主人公・山本八重(綾瀬はるか)。旧会津藩の教えにより、幼いころから誠実を第一とし、戊辰戦争では銃を取って戦う。後に同志社大学の創始者・新島襄(オダギリジョー)の妻になると、教育と社会活動に献身した。

 「八重ら会津の人たちによって会津の教えは日本中に広められました」(内藤氏)

 明治維新で旧会津藩は敗者の賊軍となったが、旧薩摩藩と旧長州藩など官軍側による新政府は、会津の教えを高く評価し、教育界の要職に就かせる。藩の家老だった山川大蔵(玉山鉄二)は東京高等師範で校長となる。ライバル企業の参謀をいきなり教育担当のトップに据えるようなものだから、異例の人事だった。

 その弟の健次郎(勝地涼)も東大や京大などの官立大学の総長を歴任した後、私学の旧制武蔵高校で校長を務めた。妹の捨松はご存知だろう。日本初の看護学校・有志共立東京病院看護婦学校をつくり、津田塾女子大の津田梅子を支えた。ほかにも旧会津藩出身の大物教育人は枚挙にいとまがない。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら