福井が誇る小野グループ3社が会社更生手続き入り! ~10年の歳月を経て明るみに出た旧第一勧銀の宿痾
小野グループHPより

 小野グループを率いる小野光太郎氏は、福井県を代表する実業家である。

 商社勤務を経て独立、1968年、機械メーカーの日本マイヤーを福井市に設立した。以降、ドイツ企業とのつながりを密にし、軽金属鍛造のワシ興産、軽金属鍛造ホイール製造のワシマイヤー、眼鏡レンズ製造・販売のアサヒオプティカルなどを中核に、小野グループを築き上げた。

 長者番付が発表されていた2004年まで7年連続で福井県一を記録、ドイツ連邦共和国名誉領事を始め英、米、カナダなどとの友好関係に寄与、福井県文化振興事業団会長、福井県立音楽堂名誉館長を務めるなど、文化活動にも貢献した。

 その小野グループの中核3社が、10月26日、会社更生手続きに入った。ただし、申し立てたのは3社ではなくメーンバンクの福井銀行。異例の事態となったのは、福井銀行の小野グループへの不信感によるもので、「過去10年近く不正な経理処理を行っていた」と、伊東忠昭頭取が記者会見で語ったのだから尋常ではない。

 小野ホールディングスを持ち株会社に、前述の倒産3社が中核となり、13社で構成される小野グループは、グループ従業員1000人、グループ売上高250億円の規模。品質と技術力で高い評価を得ており、事実、保全管理人に選任された新保克芳弁護士は、「本業部分に瑕疵はなく、再建は十分に可能」と明言している。

 では、過去10年にわたって隠し続けてきたものは何だったのか。

不良債権の一時避難先

 秘密を解くカギが、2002年2月の国会審議(参院財政金融委員会)と同年10月のニッセキハウス工業と寿工業の倒産だろう。いずれも銀行と一体となった小野グループの積極経営の"顛末"である。

 財政金融委員会で共産党の大門実紀代史議員が追及したのは、小野グループが行ったコンビニの転売だった。

 小野グループは、1994年2月、長崎屋の子会社のサンクスを108億円で買収。その4年後の98年10月、Kマートに370億円で売却。大門議員は、いずれも第一勧業銀行の関与で行われているとして、次のように攻撃した。

「(小野グループは)第一勧銀の資金で売買をやってますから、その見返りが第一勧銀に入るという仕組みです。これも私は非常に背任の疑いがある事例だというふうに思います」

 バブル崩壊後の1990年代、金融機関はいずれも不良債権処理に苦労し、多くは銀行OBが経営に関与するダミー会社に資金を貸し付け、不良債権を購入させた。いわゆる"飛ばし"である。

 だが、それにも限界がある。そこで親密企業先に"抱いてもらう"こともあった。資金を貸し付け、不良債権を一時避難させるのは同じでも、有力企業がそれを行うのだから、堂々とした「貸し付け」に転化する。

 福井県の有力企業で"本業"がしっかりとしており、経営者が北陸有数の財界人の小野光太郎氏であれば申し分なかった。

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