ショーアップのテクニックなど要らない! キャスター、コメンテーターに求められるのは「言葉の重み」だ

 「現在のテレビ界で最強のキャスターは誰か?」と問われたら、迷わずフジテレビ『新報道2001』の須田哲夫氏(65)の名前を挙げる。大越健介氏でも古舘伊知郎氏でもない。

 まず、豊富な現場経験がほかのキャスターとは違う。派手さはなく、週刊誌などが行う「好きなキャスター・嫌いなキャスター」ランキングに登場することもないが、間違いなく超一流のプロフェッショナルである。

 「須田氏はワイドショー畑だったじゃないか」と異論が出るかも知れないが、だから良いのだ。報道局で政治部に配属され、与党の大立者に挨拶すれば、いきなり5万円、10万円の商品券を手渡されることが珍しくない。

 「君、これからはテレビに映る機会が増えるのだから、スーツを作り直したまえ」

 もちろん、即座に叩き返す常識的な人もいるが、そういう人はあまり偉くなれないようだ。政治家とズブズブの関係になったほうが情報を得やすい。政治家としては、電波を握る記者を一人でも多く手なずけたい。ただ、そんな記者がキャスターとなったとき、視聴者側だけを見た放送ができるのだろうか。

ガチンコ勝負で鍛えられたテクニック

 逆にワイドショーは事件、経済、政治、芸能まで森羅万象を扱うが、警察や政治家からは嫌われる。報道局と違い、記者クラブには入っていないし、警察や政治家の功績など、まず扱わないためだ。だから癒着は生まれず、一方で取材力は磨かれる。

 しかも須田氏が『おはよう!ナイスディ』でキャスターを務めていた80年代のワイドショーは現在と随分違い、アナーキーでゲリラ。ガチンコ勝負だった。時代も激動していた。山口組と一和会による「山一抗争」、グリコ・森永脅迫事件、豊田商事事件、日航ジャンボ機墜落事故---。すべてワイドショーが扱った。

 警察などにパイプがないから、調査報道だ。須田氏はキャスター席に収まらず、現場にも走った。そうでない場合は一人でスタジオを切り盛りした。当時は「コメンテーター制度」という便利なシステムがなかったのだ。

 80年代前半、訓練生の死亡により社会問題化した「戸塚ヨットスクール」の取り上げ方には驚いた。須田氏が一訓練生としてスクールに入り、自らシゴキを受けたのだ。口先だけでないのが、この人の凄さで、ほかのキャスターとは違う。ほぼ同時期、スタジオでは悪徳サラ金王と対峙。決して感情的にならず、それでいて相手の問題点を浮き彫りにした。

 このテクニックは現在、『新報道2001』で政治家を相手にする場合にも生かされている。凡百のキャスターのように「おかしいじゃないですか」「どうするんですか」などと気色ばむことはない。感情的になったほうがショーとしては面白いのだろうが、責められた政治家から本音が出にくい。

 まさに北風と太陽---。須田氏による穏やかな進行の下、政治家たちは思わず重大発言を漏らす。前原誠司国家戦略担当相が同番組で「解散は年内」と口にしたのは記憶に新しい。これに限らず、同番組内での重大発言が新聞紙面を賑わし続けている。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら