第9回 ヘンリー・フォード(その三)
T型フォード---
その莫大な利益は、
顧客と労働者に還元した

 一九〇八年三月十八日、T型フォードのカタログが、ディーラーに配布された。

 T型の特徴は、ヨーロッパ式の右ハンドルではなく、左ハンドルに固定されたこと。第二にトランスミッションがボディに収納されたこと、第三点としてシリンダーを一つのブロックにまとめたこと、そして軽量で硬質のバナジウム鋼がふんだんに用いられている、という事だった。

 だが、もっとも衝撃的だったのは、その価格だった。ビュイック、シボレーといったライバルに決定的な差をつける、八百二十五ドルという低価格に設定されていたのである。
発売日は、十月一日だった。

 T型は半年で、二千五百台余り売れた。

 当時としては、大ヒットである。

 注文は膨らむばかりで、生産力の向上が焦眉の急となった。

 フォード社は各種のメーカーから部品を調達していた。T型の爆発的ヒットは、個々の部品メーカーの生産能力では到底追いつかない、莫大な需要をもたらした。ヘンリー・フォードは、部品の社外調達を止め、ボルトからエンジンまですべてを社内で生産する事にした。その工程は、シカゴの食肉工場をモデルとして設計された。

 生きた牛を、工程を重ねて、食肉、内臓、骨などの部位に切り分け、精製し、加工するシステムは、実際には「解体」していくシステムだったのだが、フォードは逆に、工程を「組み立て」られていくベルトコンベアのシステムへと逆転させたのである。

 部品・規格の統一、秒単位の工程管理により、T型の生産効率は、年々向上していった。

 そしてフォードは、生産性向上から得た果実を、顧客に還元した。一九〇九年、九百五十ドル(生産台数一万三千八百四十台)だったT型は、一九一六年には三百六十ドル(五十八万五千三百八十台)にまで値がさがっていた。

 フォードの努力は、商品価格の引き下げ、生産力の向上ばかりではなかった。