基地経済への依存から脱することができるのか。「いちゃりばちょーでー」というあたたかさに触れながら沖縄の将来に思いを巡らせた

 「いちゃりばちょーでー」!

 沖縄に行くとどこでも聞かれる言葉です。私はこの言葉がとても好きで、この言葉を聞くと本当に心が洗われるような気がします。

「出逢えば兄弟」という意味なんです。袖振り合うも多生の縁、とよく似た言葉だと思うけれども、それよりもなんか南国的というか大雑把というか、太陽の下でおおらかおおづかみに生きてきた島国のでっかいパワーを感じます。出逢っちゃったらもう兄弟だなんてなんてアバウトなの!なんて大きいの!なんて懐が深いの!

基地の地代が生み出す沖縄の資本家

 名護の名桜大学に招待されて講義をする機会を得ました。まあ、それを口実に大好きな沖縄に来させていただいたというのが正しい。沖縄は以前いた会社である案件の調査で何度も訪問をしたことがあり、それ以来、魅了され続けています。

10年以上前に久米島で投資案件があったんです。結局流れてしまいましたが、それからしばらく久米島に通っていました。もし久米島に行ったことがない方がいらっしゃったら、ぜひ行ってみてください。はての浜なんて最高ですよ。

 沖縄に行くと空気が違うので、そこに来ただけでなにか毒のようなものが落ちていくような気がします。都会の毒が体から抜けていき、そして海の中へ抜けていく感じなんです。なんかそういう「抜け」感が強くて、浄化作用というか、なにかつまらないこだわりや小さな見栄のようなオリのようなものがするすると抜けていきます。「いちゃりばちょーでー」という言葉もこの沖縄の風土から来たものなのでしょうね。

 折しも沖縄は熱い。温度が熱いのではなく、少し政治的にもややこしい感じです。オスプレイの配備の問題、尖閣諸島の問題、そして米兵によるレイプ問題など基地や領土を巡る問題がうずまいています。

 沖縄に行くと、本土の人間が日本国のややこしい事情を沖縄という島に押し付けてきたということを感じます。ある意味、沖縄のおおらかさや寛容さにつけこんでいると言えば語弊があるのでしょうが、そもそも第二次世界大戦で沖縄は本土の周辺部としてのある種捨て駒的に使われた側面があったことは否めません。

 沖縄の南側のビーチは大変な激戦地になり多くの人の命が失われました。そのためにか、沖縄の南側には手付かずのビーチがかなり多く存在しているそうで、それは沖縄の人が昔のその激戦の地に対してやはり精神的に敬遠をしているところがひとつの要因になっているそうです。戦後70年近くたっても戦争の思い出はなお色濃く残り、米軍の基地はいまだそこにあるわけです。

 その米軍基地の地主は毎年安定的な地代収入が入り、その側面でみれば既得権益者となっています。米軍向けマンションは多少豪華ですが、1戸あたり40万円程度で賃貸されており、そのうち30万円ほどは日本の思いやり予算で補填されているそうです。思いやり予算って米軍に対する思いやりというよりも米軍基地オーナーの日本人に対する思いやりという側面が強いわけです。

 地元の経済に還流されているといえば還流されている。しかし、起業をして産業を興していった富ではなく、基地の土地を保有しているという既得権益で沖縄の資本家層が形成されているので、そのお金が新たな付加価値を生む事業に回るということもなく、沖縄の成長が妨げられている側面があります。

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