衆院は「11月下旬解散・12月中旬総選挙」が最有力!? ~解散時期決定のキーマン・輿石東幹事長が上機嫌なワケ
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 現下の最大の関心事は、衆院解散・総選挙の時期である。その鍵を握るのが、民主党の輿石東幹事長だ。いったい輿石氏とは何者なのか。先ずは同氏の政治キャリアをおさらいしてみよう。

 1936年5月14日、山梨県韮山市生まれ。76歳。都留市立都留短期大学卒業と同時に、神奈川県小学校教員として採用されたのは58年4月。その後、63年に山梨県教員採用試験を受け直し、同年4月に上野原町立西原小学校を皮切りに、25年間に渡って小学校教員を務めた。そして84年4月に同県で初めて教職組合執行委員長(専従)に就任、86年11月には山梨県労働組合総連合会(連合)議長を兼任する。

 政界転出は90年。日本教職組合(日教組)を支持基盤に第39回衆院選挙に社会党公認候補として同県全県区から出馬し、初当選。93年総選挙で再選を果たすも、小選挙区制度が導入された後の96年総選挙で落選。98年の第18回参院選では無所属で立候補・当選、後に第1期民主党(98年4月、鳩山由紀夫、菅直人両元首相が創党)に入党し、横路孝弘衆院議長率いる旧社会党グループに所属。

 その後、03年9月に小沢一郎・自由党との「民由合流」で誕生した第2期民主党(現在の民主党)では参院幹事長、参院議員会長を歴任した。09年9月に発足した鳩山民主党政権下では小沢幹事長の引き合いで幹事長職務代行を兼務、この頃から小沢、菅、鳩山氏の「トロイカ」に次ぐ実力者と見られるようになった。

 そして11年8月に代表に選出され、第95代首相に就任した野田佳彦氏によって幹事長(参院議員会長兼務)に指名された。与党幹事長に参院議員が起用されたのは、自民党1党支配の55年体制時代を含めて初めてのことだ。

輿石氏を上機嫌にした野田氏との会談

 では、なぜ「今日を乗り切ればいい。明日のことは明日考えればいい」が身上とされる輿石氏が、首相専権事項である衆院解散の時期についてのキーマンなのか。その謎解きから始めたい。

 10月14日のNHK「日曜討論」に出演した同氏は、異様と言えるほど終始上機嫌だった。事実、番組の中で予想外の「(それまで反対していた)臨時国会召集は今月末でいい」「(自民党が求める衆院小選挙区の)0増5減の先行実施を考慮していい」と発言、周囲を驚かせた。

 それだけではない。本番前の局内控室や、終了後に乗ったエレベーター内でアテンドした番記者に対し軽口を叩いていたというのである。普段、ぶっきら棒な輿石氏は「てめぇーらに話すことなぞ何もない」「おめぇーらの知ったことか」を連発、その無愛想ぶりは有名である。

 何が輿石氏を上機嫌にしたのか。NHK出演の前日午後、首相公邸で野田首相と差しで45分間会談している。各紙の政治記者がどんなに探っても、1週間たった今なお両氏が話し合った内容は分からない。

 もちろん、29日召集が決まった臨時国会への対応、今後の政権運営、そして焦点の衆院解散の時期について話し合ったのは間違いない。が、具体的な中身が漏れ伝わってこないのだ。しかし、野田氏との会談が輿石氏を上機嫌にしたことだけは確かである。

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