【ノーベル賞残念対談】内田樹×平川克美
「なぜ世界中の人が村上春樹の小説にアクセスするのか」

内田 不思議な世界性なんだよ。『ノルウェイの森』というタイトルそのものが誤訳だから。ジョン・レノンの『Norwegian wood』の本来の意味は「北欧製の家具」でしょ。女の子の家に遊びに行ったら北欧製の白木の家具があって、しゃれたワインなんか出てくる。労働者階級の出のくせにプチブル的な生活をしている女の俗物性と貧乏臭さに対するジョン・レノン一流の皮肉が込められているわけだよね。

平川 イギリスのロックにはプチブル性に対する憎しみが深いから。

内田 その『Norwegian wood』を『ノルウェイの森』と誤訳したのは日本の文化的後進性の象徴なわけだけれど、村上さんはそれをそのまま受け入れた。ジョン・レノンの諧謔性を甘いラブソングだと思い込んだ日本人の底の浅さをそのままに。

平川 村上さんはそこで日本人を突き放さず、後進性ごと抱きしめたわけだ。

内田 鶴見俊輔が終戦の年にハーバード大にいて、米国に残るか帰国するか判断を迫られ、祖国が負ける時には自分もそこにいる、と帰国の決意をするでしょう。「ノルウェイの森」という日本の欧米文化に対する遅れを露呈した誤訳をあえて作品のタイトルに掲げたときに、村上さんは日本の後進性の側に身を置いて、それを受け入れる決意を示したんだと思う。

平川 「本来は自分に責任がないものに対して、責任を取る」という態度だね。責任はないけど、自分の国だから引き受ける。それが本当の愛国心だと思う。

内田 自分とわずかでも政治的意見の違う人間たちを「非国民」となじるような人間は愛国者じゃないよ。

平川 そういう奴が「法人税を高くするなら海外に出て行くぞ」と脅しをかけたりするんだからさ(笑)。

内田 「愛国」というのは、この出来の悪い政治システムや文化的後進性を含めてまるごと受け入れる態度のことでしょう。「敗北を抱きしめる」んだよ。

平川 そうか、文学が世界性を獲得するためには、ローカリティを愛して、そことちゃんと地続きになっていなければいけない、ということだね。逆説的な言い方だけど、漱石は西欧をたえず意識していたけど、日本のローカリティを抱きしめていないから、世界性を獲得できなかった。