【ノーベル賞残念対談】内田樹×平川克美
「なぜ世界中の人が村上春樹の小説にアクセスするのか」

内田 その異界への導き方が、何というか柔らかいんだよ。山登りのときの有能な案内人のように一歩一歩ゆっくり進んでゆくでしょ。「ついて来てますね?」って振り返って確認してくれる。だから、安心して黙ってついて行って、気がつくと見知らぬ世界に連れ込まれている。

平川 それからもう一つ。僕自身は最近気づいたことなんだけど、村上さんは非常にアクチュアルだよね。今回の日中問題でも、非常にタイムリーに、朝日新聞に手記を出した。普通は文学者が政治的な発言をしてもなかなか読者には届かないんだけど、村上春樹は世界が必要としているまさにそのときに、言葉を差し出すことができる。そこがこれまでの作家との違いだね。

内田 ノーベル文学賞作家でも、大江健三郎は微妙に立ち位置が違うね。大江さんも現実政治の問題について積極的に発言するけれど、「教化的」というか、先生が生徒に教えるような口ぶりになるでしょ。

平川 その点、村上春樹は「普通の人」の生活実感と生活論理を積み上げて、グローバルな問題を論じる。普通の人が感じているけれど言葉にできないことを代弁してくれている。

内田 でも、ストレートには言わない。

平川 そうそう、今回も日中両国の国民感情を煽る言説を「安酒の酔い」にたとえたりしてね。「安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない」。村上さんは僕たちと同じで、安易なグローバリズムは嫌いだと思うんだよ。でも、僕らのように「維新の会が嫌い、TPP断固反対」なんてことは言わない(笑)。

言葉のようで言葉じゃないもの

内田 初期の村上さんには「自分の読者だけがついてきてくれたらいい」という意識があったと思う。小さな親密なサークルの中で作家活動をしたかった。でも、どこかの段階でそういう生き方が許されなくなった。もっと大きな集団を代表せざるを得なくなった。転機はやはり『ノルウェイの森』(87年)だったと思う。

平川 村上作品の中では、ある意味でもっともローカルな小説だね。70年安保直前の学生運動時代の早稲田大学の話。

内田 『ノルウェイの森』は村上文学の中で唯一のリアリズム文学で、ひときわ異質なのに、それがベストセラーになってしまった。

平川 でも、『ノルウェイの森』には世界性がないということはないよね。