これからの中国に求められる「文明の作法」
先週、48年ぶりに東京で開催されたIMF ・世銀年次総会〔PHOTO〕gettyimages

 日中国交正常化から40年。この秋には多くの祝賀行事が、日中両国で行われる予定であったが、尖閣諸島をめぐる対立から、キャンセルが相次いだ。残念である。こういうときだからこそ、官民あげて交流し、相互理解を深めることが必要なのではあるまいか。

 先週は、東京でIMF・世銀総会が開かれたが、中国の財務大臣と中央銀行総裁は欠席した。理由は、日本政府による尖閣諸島の国有化だという。しかし、東京は開催地にすぎず、世界全体の政策責任者が集って経済、財政、金融を語る場に、二国間問題をめぐって出てこないとは、中国も大人ではないと言わざるをえない。

 これでは、先進国の仲間入りは無理であろう。このような中国の態度は、「文明の作法」に反する。この大国が「文明の作法」を身につけないかぎり、国際社会の責任あるメンバーとして認められることはあるまい。

中国人は、政治主導が当たり前だと思っている

 昨年は辛亥革命100周年の年であったが、その機会に、私は、『孫文』(角川書店)という本を出版した。その本を準備する過程で、中国文明や歴史について多くの文献を読みあさり、また中国も訪問して中国人の思想と行動について思索を深めたが、尖閣をめぐる中国の態度を見ていると、次のような点を指摘せざるをえない。

 第一は、中国が政治主導、政治優先の国だということである。経済関係がどれだけ深まろうと、政治の決定でそれが瞬く間に無に帰する。パナソニックの工場が「デモ隊」によって破壊されたが、この工場は、松下幸之助氏が鄧小平氏の要請に応じて造ったものである。

 中国の経済発展の礎となった工場を破壊するという行為は、井戸を掘った人の恩を忘れないという中国人の伝統にも反するのではないか。しかし、政治、つまり、かつては皇帝、今では中国共産党が全てを決める。この専制主義を認識すべきである。

 中国人は、政治主導が当たり前だと思っているので、尖閣に関する処置であれ、何であれ、すべては日本の政治家の主導だと考える。そこで、その政治家どもに打撃を与えることは、何でも行うのである。

 IMF・世銀総会への対応もその例である。しかし、このような中国の政治主導は、この国のカントリーリスクがいかに大きいかを世界に知らしめた。世界中からの投資が減り始めているし、とくに現地に工場を建設するといった直接投資は激減するであろう。

 第二に指摘したいのは、今回の中国の強硬態度には、中国共産党内部での熾烈な権力闘争があるということである。権力闘争はどの国にもあるが、中国では相手を、一族郎党を含めて殲滅するまで行う。そして、死後も恨み続ける。死ねば、敵味方にかかわらず皆仏様になるのだから、もう恨んだりはしないといった日本人の意識とは雲泥の差である。

 胡錦濤と習近平の間で繰り広げられている権力闘争が、尖閣の背後にある。したがって、11月に習近平体制が確立されてから初めて、日中の仕切り直しのきっかけが生まれるかもしれない。

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