少年よ、東大でなく世界を目指せ!
灘校に乗り込み、中高生、そして先生を相手に白熱講義を展開してきた!

2012年10月15日(月) 田村 耕太郎

柔道の神様が造った学校

 10月の第一週、神戸で講演をしてきた。楽しみにしていた講演だ。相手は中高生。東の開成と東大合格者を競い合う灘校の学生たち対象の講演だ。灘校OBの方の紹介で灘校の教員が私の近著「君はこんなワクワクする世界を見ずに死ねるか?!」を読んで下さり、「この本の内容の講演を」と声がかかった。

 この講演が決まった時、私をフェイスブックやツイッターでフォローしてくれている灘校生たちから「田村さんが本当に来てくれるんですか?嬉しいけど意外です。学校がよく理解してくれましたね」と驚きの報告があった。

 灘校の成り立ちをOBの方からお伺いしたが、とても興味深い。灘校は昭和2年10月24日に開校。灘と言えば酒蔵で有名だが、その灘地方でも名の通った、菊正宗、白鶴、桜正宗の三大酒造メーカーのオーナーたちによって設立された。

 講道館柔道の創始者である嘉納治五郎氏が灘校設立時に顧問で参画していたことは知っていたが、聞いてみると嘉納治五郎氏は白鶴の嘉納家の縁戚に当たると言うことだ。ということで、治五郎が柔道の精神として唱えた「精力善用」「自他共栄」が校是となった。このため、灘校では今でも柔道の時間が体育とは別に週1時間あるという。

 設立当初は当時の名門旧制高校、神戸一中や二中に入学できなかった者が入学してきたが、学力向上に力を入れ、急速に台頭。戦前は柔道部の活躍が目立っていたが、戦後から東京大学への進学校として台頭してきた。昭和43年度には東大入試において、私学として初の合格者トップに躍り出た。ちなみに2012年の東大現役合格者数は81名で開成についで全国二位である。

灘校生が海外の大学をめざすとき、日本は変わる

 私は日本の混迷の原因は教育にあると思う。その教育を変えるためには東大が変わるべきであると思う。なぜなら日本の学校は教育界の頂点に君臨する東大を見て動きを決める傾向が強いからだ。東大が変わる前に動き出す学校は少ないし、東大が動かなければ、どこかの学校が改革をやってみても波及しない。その東大が本気で変わるためには灘校のような東大合格者を多く輩出する高校の生徒が変わるべきだと思っている。東大も一企業。どんな企業でも内部的自主改革より、お客さんからの締め上げのほうが改革の動機になる。最大顧客の一角が反乱を起こせば本丸も目が覚めるのだ。

 つまり、灘校生の目線が変われば東大は本気で変わると思う。私は「君ワク」と略称される著書を書いた時の願いの一つが、「この本を背伸びして読んでくれた中高生が、日本ではなくて海外の大学を目指してくれたら日本も変わる」というものであった。

 よって灘校から声がかかった時はわが意を得たりと思った。学校主催なので破格に安い講演料だったが、喜び勇んで神戸まで出掛けた。




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田村 耕太郎

(たむら・こうたろう) 前参議院議員。エール大学上席研究員、ハーバード大学研究員などを経て、世界で最も多くのノーベル賞受賞者を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で唯一の日本人研究員を務めた。
国立シンガポール大学公共政策大学院名誉顧問、新日本海新聞社取締役東京支社長。
1963年生まれ。早稲田大学卒業、慶応義塾大学大学院修了(MBA取得)。デューク大学ロースクール修了(法学修士)、エール大学大学院修了(経済学修士)、オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了、ハーバード大学ケネディスクール危機管理プログラム修了、スタンフォード大学ビジネススクールEコマースプログラム修了、東京大学EMP修了。
2002年から10年まで参議院議員を務めた間、内閣府大臣政務官(経済財政、金融、再チャレンジ担当)、参議院国土交通委員長などを歴任。
シンガポールの国父リー・クアンユー氏との親交を始め、欧米やインドの政治家、富豪、グローバル企業経営者たちに幅広い人脈を持つ。世界の政治、金融、研究の第一線で戦い続けてきた数少ない日本人の一人。
2014年8月、シンガポールにアジアの地政学リスクを分析するシンクタンク「日本戦略情報機構(JII)」を設立。また、国立シンガポール大学(NUS)リー・クワンユー公共政策大学院の兼任教授に就任し、日本の政府関係者やビジネスリーダーに向けたアジア地政学研修を同校教授陣とともに実施する。
著書に『君に、世界との戦い方を教えよう 「グローバルの覇者をめざす教育」の最前線から』などがある。