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特別レポート責任をとって辞めたらどう?
シャープをダメにした「三悪人」
相談役 町田勝彦会長 片山幹雄 社長 奥田隆司

〔PHOTO〕gettyimages

 円高、高い法人税など外部要因を不振の言い訳にする会社も、一皮向いて内側を覗くと、「膿」が腐臭を発して噴き溜まっている。会社は中から腐る。シャープの経営陣は気づいていないのか。

「二頭体制」という誤り

 経営破綻説が囁かれるシャープ。液晶事業の収益力低下、韓国や台湾勢の台頭、家電のデジタル化などシャープの経営を圧迫する外部要因はいくつも挙げられるが、OBや関係者への取材から浮かび上がってきたのはシャープ内部に巣くう深い闇だ。

 特に戦犯=悪人として名指しされるのは直近3代の社長。シャープの裏面史を紐解くにあたり、まずはそれぞれの略歴を紹介しておこう。

 町田勝彦=第4代社長。'43年生まれ、69歳。京大農学部卒、大学時代はスキー部主将。営業畑を歩き、電子レンジを実演販売方式で売りまくったという逸話が残る。'98年に社長就任後は液晶事業を急拡大。吉永小百合をテレビCMに起用した理由について「昔からファンだった」とある幹部に語っている。現相談役。

 片山幹雄=第5代社長。'57年生まれ、54歳。東大工学部卒。液晶技術者として社歴を積み、40歳で事業部長に抜擢。'07年に49歳という若さで町田から後継指名を受け、社長就任。端正な顔立ちも手伝って「プリンス」と呼ばれる。モットーは「技術に限界なし」という根っからの技術屋。現会長。

 奥田司=第6代社長。'53年生まれ、59歳。名古屋工業大学大学院工学研究科修了。町田、片山と違い若い頃から「社長候補」と認められたエリートではない。過去最悪の赤字を計上した今年、海外事業の経験が買われて社長に。12人抜きの抜擢だったが、就任当初はOBから「奥田って誰だっけ」と言われるなど、社内知名度は低かった。

 最初の「事件」が起きたのは、'07年、町田から片山へ社長交代するタイミングでのことだった。

「会長・社長の二人体制」

 シャープが今夏に公表した100年史を見ると、こんな奇妙なフレーズが出てくる。片山が社長に就任、町田が会長に退いた「片山社長の就任」の項の一文である。

 それまでシャープの社長は10年以上にわたる長期在任で、しかも社長交代時に前任者は潔く権力から離れるという不文律があった。それがゆえに社長は目先の短期的な利益を追わず、じっくり腰を据えて経営にあたることが可能だった。電卓、電子レンジ、液晶テレビなど、次々とヒット商品を生み出すことができた背景には、そうした長期の研究開発を重視する経営姿勢があった。

 しかし、町田は退任するにあたり、シャープの歴史で初めて代表権のある会長となり、しかも「二人体制」という異例の経営を掲げた。不文律を破ったツケは重い。本誌の取材に応じた元常務の一人は、「この二頭体制がシャープ没落の一因になった」と語る。

「液晶事業を急拡大させ、シャープを3兆円企業にまで育て上げたのが町田の功績だということに異論はない。とはいえ片山に引き継いだ頃から、液晶が価格下落していくことはある程度見えていた。片山は路線変更を考えていたが、液晶への思いが強い町田のことを思えば言い出すのは難しい。結果、液晶依存からの脱却という戦略転換のタイミングが遅れた」

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