外交分野のお手本は祖父・岸信介元首相の「自主外交」か---「自民党政権」発足に向けて着々と足元を固める安倍晋三
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 安倍晋三自民党総裁は「自民党政権」発足を前提とした手を打っている---。取り分け際立つのは、外交分野である。

 9月26日の総裁選で逆転勝利した翌日、日中国交正常化40周年記念式典出席のため北京に滞在していた高村正彦元外相(日中議連会長)に電話をかけ、副総裁就任を要請、快諾を得た。親中派の「高村自民党副総裁」を、日中友好7団体トップを招いて歓迎夕食会を主宰した唐家璇中日友好協会会長(前国務委員・外交担当)を通じて中南海(国家指導部)に逸早く伝えるためだった。

 10月8日には、ソウルで日韓両国の政財界人による日韓協力委員会(会長・中曽根康弘元首相)合同総会が開かれた。日本から麻生太郎元首相が代表団を率いて訪韓、同日午後、青瓦台(大統領府)で李明博大統領と会談した。

 筆者が得ている情報では、麻生氏は11月8日開催の中国共産党第18回大会直後に中国を訪れ、習近平総書記率いる新国家指導部との会談実現を目指し、水面下で中国側との折衝を行なっているというのだ。

対中、対韓関係修復に手を打つ安倍総裁

 改めて指摘するまでもなく、安倍元首相が自民党総裁選で勝利できたのは、麻生氏と高村氏が告示前日に派閥の領袖では初めて安倍支持を打ち出したことが大きかった。筆者の言う「麻生ファクター」である。

 現在の対中、対韓関係は、「尖閣」と「竹島」によってこの四半世紀でも最悪の状態にある。来春までには「安倍政権」が誕生している可能性が高い中で、安倍氏は矢継ぎ早に対中、対韓関係修復に向けた「手」を打っているということなのだ。

 想起すべきは、安倍氏が首相就任12日目の2006年10月8日に電撃訪中し、胡錦濤国家主席(共産党総書記)とのトップ会談で「日中戦略的互恵関係」確立に合意したことである。これによって、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝によって悪化した両国関係が修復されたのである。

 当時の谷内正太郎外務事務次官が戴秉国・国務委員(副首相級の外交担当)と事前の厳しい交渉を積み上げていったことで、対中タカ派とされた安倍首相の訪中が実現したのだ。奇しくも安倍政権の外相は麻生氏である。

 安倍氏周辺によると、安倍自民党が政権を奪還した折には①東日本大震災被災地復興に全力投球②米大統領選後の新政権との関係修復③中国、韓国などアジア諸国との「政熱経熱」関係確立---のプライオリティで臨む意向だという。その布石が、麻生氏の韓国、中国への「派遣」である。

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