プロ野球 引退するスター選手たち「あの頃、君は細かった」

城島健司(ダイエー(ソフトバンク)▼マリナーズ▼阪神)
駒大進学を覆させた王監督の〝言葉〟

 ドラフト1位指名を受け、’95年に別府大付属高(大分県)からダイエーに入団した城島健司(36)だが、実は駒沢大への進学がほぼ決まっていた。将来、巨人に入ることを見据え、大学で基礎体力を付けようと考えていたのだ。

「城島は中学3年の時、地元・佐世保で開かれたプロ野球OBの野球教室で、王貞治さん(現ソフトバンクホークス会長)にこう誉められたんです。『君は打者としても捕手としてもすごいな。大きくなったら、巨人に来なさい』と。城島はこの言葉に感動して、将来は巨人に入ることを決意します。打って守って走れる一流の捕手になろうと決め、高校では1年の時から4番を打っていました。ただバッティングには自信があっても、捕手としては未熟なことは自分でも分かっていた。そこで球界にOBが多い駒沢大に入って、捕手としての実力を磨こうと考えていたようです」(スポーツ紙記者)

 当時、城島には巨人、ダイエー、西武の3球団が興味を示していた。だが城島がプロ入り拒否を表明したため、巨人と西武は指名競争から撤退。だが、最後まで諦めなかったのが当時のダイエー根本陸夫監督だ。前出・記者が続ける。

「根本さんは城島の将来性を高く評価し、城島の指名を強行します。城島は当初、指名を拒否していましたが、気持ちを覆させたのはまたも王さんでした。ダイエーの後継監督に内定していた王さんは、 ’94 年12月に正式就任するとすぐに城島のもとへ挨拶に行きます。『この世界は力の世界。力のある人は思い切り飛び込んでほしい。城島君もプロで一花咲かせたいと思っているなら、早いほうがいい。一緒に力を合わせてがんばろう』。憧れの王さんのこの言葉に涙を流して感動した城島は、ホークス入りを決意したのです」

 その後、城島は8度のゴールデングラブ賞を受賞する大型捕手に成長する。

金本知憲(広島▼阪神)
ノーコン左腕投手を相手に連日の打撃練習

 金本知憲(44)が入団した’92年当時の広島には、江藤智、緒方孝市、前田智徳など、球界を代表するようなスラッガーが大勢いた。そんな中で、身長180cm体重75kgの金本の姿は頼りなく映ったようだ。

「あんなに線が細いんじゃ、すぐにクビだなと思っていました。でも彼は偉かったですね。今の身体ではレギュラーを獲得することなど、とてもできないと考えたんでしょう。広島でいち早く筋力トレーニングに取り組み始めたんです。毎日200㎏以上のバーベルを何十回と上げ、1年間で体重を10㎏近く増やしました。グラウンドには誰よりも早く訪れ、熱心に練習する。当時の二軍監督だった安仁屋宗八さんも、金本の意欲を汲んで二人三脚で厳しく指導していました。バッティングピッチャーにわざと内角に投げさせて、『絶対に逃げるなよ。逃げたら二度と使わんぞ』と怒鳴り散らしていたんです」(広島OBの達川光男氏)

 シーズンオフになると、多くの選手はゴルフなどでリフレッシュする。だが金本は休むことなく、練習に取り組んだ。苦手の左投げ投手を克服するために。