「3年間未勝利投手を覚醒させたクビ宣告」 日ハムの新エース吉川

 今季3度目の完封勝利を飾り、お立ち台に上がった日本ハムのエース吉川光夫(24)は、大粒の汗を拭いながら自信に満ちた表情で力強く語った。

「西武には前回やられたので、なんとかやり返したいと思っていました。一球一球、力を込めて投げました!」

 9月28日に札幌ドームで行われた、西武との首位攻防戦。吉川は95球の省エネ投球で、ライオンズ打線をわずか2安打に抑えた。これで14勝5敗、防御率はリーグトップの1・71(成績は10月1日現在、以下同)。2位・西武を突き放し、日本ハムの3年ぶりのリーグ優勝を決定づけた大きな1勝でもあった。

「左腕から繰り出す、150km/hを超えるストレートは威力十分です。まったく同じ腕の振りで変化球を投げるので、打者は簡単には打てないでしょう。レンジャーズへ移籍したダルビッシュ有の穴を埋めて、余りある活躍をしている。吉川は、ファイターズの新しいエースです」

 こう絶賛するのは、阪急(現オリックス)のエースだった山田久志氏である。

 大車輪の働きを続ける吉川は、広島の広陵高のエースとしてドラフト1巡目で日本ハムに入団した。1年目の '07 年から後半戦にローテーション入りし、4勝をあげる活躍。中日との日本シリーズでは稲尾和久、堀内恒夫、石井一久以来の高卒新人先発投手となった。

 だが、期待されて臨んだ2年目はわずかに2勝。その後の3年間は1勝もできずに低迷し、吉川は塗炭の苦しみを味わうことになる。問題は気持ちの弱さと制球難だったと、山田氏が解説する。

「典型的なブルペンピッチャーでした。ブルペンでは目を見張るような素晴らしいストレートを投げるのに、打者が立つと急にストライクが入らなくなるんです。試合では四球でランナーを溜め、ストライクを取りにいこうと置きにいってしまう。腕が振れていないから、打者にとっては打ち頃の球です。痛打されて大量失点する、その繰り返しでした」

 象徴的な試合があった。'10年5月4日のロッテ戦である。先発した吉川は、この試合でも四球を連発。無失点には抑えていたものの、2回までに3連続を含む四つの四球を与えていた。

 そして迎えた3回。吉川に「もう四球は出せない」という意識が働いたのだろう。ストライクを取りにいった力のない直球を、ロッテ打線に狙われる。井口資仁、金泰均、サブローと、1イニングに3本のホームランを被弾。試合を取材した、スポーツ紙記者が振り返る。

「さすがにショックだったのか、ベンチに戻った吉川は頭からタオルをかぶり、虚ろな表情でずっとグラウンドを眺めていました。試合後は『俺はもうダメかもしれない・・・・・・』と、周囲に漏らしたそうです。その後も〝四球病〟は治らず、吉川は勝てません。戦力外通告という事態も、脳裏をかすめていたでしょう。彼は、落ち込みやすい性格です。いつも下を向いて悩んでいる様子で、選手たちは『自殺してしまうのではないか』と本気で心配していました」