長谷川幸洋「ニュースの深層」
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「偽りの原発ゼロ」には閣僚からも異論が出ていた!野田政権内部で回覧されていた「幻の脱原発ペーパー」をすっぱ抜く

2012年10月12日(金) 長谷川 幸洋
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〔PHOTO〕gettyimages

 野田佳彦政権の脱原発路線について、先週のコラムで「『2030年代に原発稼働ゼロ』という方針は、実は『30年に原発依存度15%』というシナリオだった」と書いた。初出は東京新聞と週刊ポストのコラムだったが、大きな反響を呼んで、その後も文化放送(「吉田照美ソコダイジナトコ」)やニッポン放送(「ザ・ボイス そこまで言うか!」)で内容を紹介した。

 30年代ゼロ方針を決めた9月14日の「革新的エネルギー・環境戦略」はコラムに書いたとおり、6月29日に発表した「エネルギー・環境に関する選択肢」が下敷きになっている。そこでは30年ゼロと15%、20~25%という3つの選択肢が用意されていたが、野田政権は最終的に「30年代ゼロ=30年15%」という言葉だけの姑息なゼロ案を発表した。

 このゼロ案をめぐっては、決定までに政府部内で激しい暗闘があった。「30年代ではなく、30年ゼロの目標を掲げるべきだ」という勢力と、事実上の原発維持を目指す勢力との対立である。維持派からみれば、30年15%案はどうしても死守したい、ぎりぎりの防衛ラインだった。

『脱原発依存』に向けた12の政策パッケージの宣言

 30年代ゼロという結論は、30年ゼロ派からみれば「うまくすれば30年ゼロも実現できる」と言える。一方、維持派は「39年でゼロもあるけど、戦略は『柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する』と書いてあるのだから、見直しで先送りも十分可能」とも理解できる。つまり双方が都合良く解釈できる書きぶりになっているのだ。

 こういう文書を読まされると「野田政権は本気で脱原発を進めるつもりはない」と受け止めるのが自然だ。私はそう判断する。

 ただ、政府内に異論があったのも事実である。実際に「真剣に脱原発を考えるべきだ」という提言があり、当時の細野豪志原発担当相兼環境相や枝野幸男経済産業相、古川元久国家戦略相らが検討していたのである。
 

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