巨大地震で最大32万人超の犠牲を想定
減災へ耐震化の推進と早期避難対策が急務[南海トラフ]

 中央防災会議の作業部会と内閣府の有識者検討会は8月末に「南海トラフ巨大地震」の被害想定を公表した。最悪のケースで死者は32万3000人、倒壊・焼失建物は238万6000棟。従来の東海・東南海・南海3連動地震の被害想定から大幅に増えたが、耐震化や早期避難などの対策を進めることで被害を大きく減らせることも合わせて強調された。今後は津波浸水想定に基づいた街づくりが各地域で進むか注目される。

「この地震への対策は財政的にも時間的にも厳しい。従来の取り組みを確実に達成していただきたい。その上で、東日本大震災のような現象を考えてほしい」。被害想定をとりまとめた河田恵昭・関西大教授は記者会見で訴えた。あまりに甚大な想定を前に、自治体や住民が「これまでの対策は無意味だったのか」と誤解しないよう配慮した発言だった。

 内閣府の有識者検討会は今年3月、「高知県黒潮町で最大34・4メートル」などとする沿岸の津波の高さと震度を公表したが、沿岸住民からは避難をあきらめるような声が上がった。今回はこうした数字が局所的な最大値であることも強調。中川正春防災担当相は「ショッキングな数字だが、不安をあおるのは本意ではない」と話した。

 南海トラフとは、東海から九州沖に延びる浅い海溝のことだ。ここでフィリピン海プレートが大陸プレートの下に沈み込んでひずみが蓄積されるため、マグニチュード(M)8級の巨大地震が90~150年間隔で繰り返し発生してきた。「宝永地震」(1707年、M8・6)のように東海・東南海・南海の三つの震源域が連動する時もあれば、「昭和東南海地震」(1944年、M7・9)のように単独で起こる場合もある。ただ、この際も2年後に「昭和南海地震」(M8・0)が発生している。

 中央防災会議は03年、宝永地震のような3連動地震の被害想定を「死者約2万5000人」などとまとめたが、多くの震源域が連動した「想定外」の東日本大震災はこの見直しを迫った。昨年9月、同会議の専門調査会は「対策が困難と見込まれても、ためらうことなく最大クラスの巨大な地震・津波を検討すべき」と報告した。

 報告を受け内閣府の有識者検討会は同12月、新たに日向灘も含めるなど旧来の3連動想定から2倍近く震源域を広げ、地震でM9・0、津波でM9・1のモデルを設定した。これが「南海トラフ巨大地震」だ。「4連動」や「5連動」と呼ぶ識者もいるが定まっていない。

 発生確率は文部科学省の地震調査研究推進本部が今年度中に公表する見込みだが、「1000年に1回ぐらい」という見方が多く、発生頻度は極めて低いとされている。

 検討会はさらに、各地の津波高、震度を設定。作業部会がさまざまな条件を組み合わせ、人的被害では96パターンもの想定を出した。その中の最悪が「死者32万3000人」だ。

 うち23万人が津波で死亡するとされ、都府県別では静岡の10万9000人が最多だった。

 3月に津波高を公表した時の否定的な反応を教訓に、被害想定を前向きに受け取ってもらうよう、作業部会は対策の効果も合わせて提示した。想定によると、地震発生直後に津波から避難する人の割合が増えるだけで、津波による犠牲者は約6割も減る。耐震化率を現状の79%から100%にすると、建物倒壊による死者数は2割弱にまで低減できる。死者32万3000人は、各対策を最大限まで進めると6万1000人にまで減らせるという。

 有識者検討会は津波の浸水域についても、最大で東日本大震災の約1・8倍となる1015平方キロを予測、浸水する深さと合わせて示した。関係する都府県は現在、内閣府から基礎データの提供を受けて地域の詳細な浸水予測に取り組み始めている。今後、市区町村はその予測を基にハザードマップを作成し、住民に周知する。

 南海トラフの地震は東日本大震災と違い、早いところでは数分で10メートル規模の津波が押し寄せる。犠牲者をゼロに近づけるためには、被災する前の予防的な高台移転も含めて検討する必要性が指摘されている。河田教授は「長期的な対策として、100年くらいかけて住むのを禁止することも必要だ」と話す。

 長期的な街づくりの鍵を握るのが、昨年12月に施行された「津波防災地域づくり法」だ。都道府県が最大クラスの津波浸水想定を設定した上で、危険性の高い地区を条例で「イエローゾーン」や「レッドゾーン」などに指定。開発や建築に制限をかけることができる。今回の浸水想定を受けて具体的な検討を始めた沿岸県もあり、浸水リスクに応じた街づくりの進展が期待される。

対策の特措法案を提出へ

 政府は早ければ来年の通常国会に「南海トラフ巨大地震対策特別措置法案」を提出する。東海地震が対象の「大規模地震対策特別措置法」(大震法)と「東南海・南海地震対策特別措置法」を一本化する法案。大震法だけが不確実な直前予知を前提にしており、「警戒宣言」など大震法の制度見直しや、東南海・南海地域への予知の対象拡大が焦点となる。阿部勝征・東大名誉教授は「想定東海地震を予知した時に、それ以外の震源域はどうなるのか、大きな問題だ。早急に判断しないと西日本の人は非常に困る」と話している。

 中央防災会議の作業部会は南海トラフ巨大地震の第2次被害想定として▽経済被害▽ライフラインの被害▽長周期地震動による被害▽帰宅困難者――などを今冬に公表する予定。首都直下地震についても、今冬をめどに被害想定をとりまとめる。

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