脱サラで農家に転じた薮田兄弟の奮闘記。消費者を意識して「作られた常識」を打ち壊す、新しい農業のかたちとは
野菜の自然栽培に取り組む兄の薮田秀行さん(筆者撮影)

 北海道に移り住んでサラリーマンから農業に転じて成功しているユニークな兄弟がいるので、今回はその話を紹介したい。その兄弟とは、兵庫県川西市出身の薮田秀行さんと弟の貞行さんだ。

 薮田兄弟の奮闘から見えてくるのは、当たり前のことではあるが、しっかりした「商品開発」を行い、消費者の心をとらえれば、農業も補助金をあてにしなくても、あるいは規模を無理やり拡大しなくてもビジネスとして十分にやっていけるということである。

「安心で安全な食べ物作りに取り組みたい」

 「肥料も農薬も全くやらず、土も耕さないで種をそのまま蒔く自然栽培に試行錯誤で取り組み、成功しました」

 こう話すのは、「とかち帯広空港」近くの帯広市愛国町で野菜農家を営む薮田秀行さん。会社名は「やぶ田ファーム」。薮田さんは、自然との共存、共成を考えながら農業を生業として成立させ、農業が自然保護や人間の健康の維持といった「環境問題」にまでかかわっていることを強く意識している。

 祖父・貞次郎さんはかつて理化学研究所・農産研究室主任研究員で、昭和天皇に農芸化学を教えに出向くほどの研究者だった。農学者だった祖父の影響を受け、秀行さんは近畿大学農学部に入学、農業実習で刺激を受けて就農を意識した。

 大学を卒業したのは1980年。その頃は農業への新規参入の道が今のように開かれていなかったため、食品会社に入社して18年間勤めた。しかし、添加物の入った食べ物を売ることに問題意識を持ち続け、「安心で安全な食べ物作りに取り組みたい」という思いから1999年、農業に転じた。

 まだサラリーマンだった1995年から、帯広市内で開かれていた年2回の農業入門塾に参加、実地教育と通信教育によって就農準備を始めた。「入塾後はボーナスには一切手をつけず、約1,000万円の自己資金を準備しました」と薮田さんは振り返る。

 1998年、勤めていた会社を辞めて帯広市に引越した。最初の1年間は市の臨時職員扱いで就農のための勉強をする準備期間に当て、翌99年から本格的に有機農業を始めた。はじめのうちは借りていた農地も徐々に買い取り、栽培面積を増やしていった。現在は約6ヘクタールでホウレンソウ、マメ、カボチャ、カブなど100種類近くの野菜作りに励む。

 農協経由では一切出荷せず、ネット販売や個人への口コミ販売が中心だ。顧客名簿には全国に1000人近くが登録されている。「宅配有機野菜」として旬のものをお任せで5、6キロ詰め合わせて3,000円(送料込み、関東以西は送料別途)で売っている。食材にこだわるフレンチレストランから注文を受けることもある。

 薮田さんの栽培方法は、農薬や有機肥料もやらないばかりか、耕さず、草取りもせず、畑にそのまま種をまく自然栽培。この方法だと土壌が柔らかくなり、水や空気、作物の根を通しやすくなる。病気もさほど発生せず、しかも収穫量は肥料や農薬を与える栽培方法と比較しても全く変わらないという。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら