「1内閣1閣僚」のはずが、政権交代以来、誕生した大臣は延べ152人! もはや「元○○大臣」の肩書きは無能の証明に成り下がった
1日夕刻、皇居での認証式を経て野田第3次改造内閣が発足した〔PHOTO〕gettyimages

 民主党代表選を終えて野田佳彦首相が内閣を改造、「野田第3次改造内閣」が発足した。1年余りで4回目の組閣というのは当然のことながら戦後最多の記録である。政権基盤が弱い首相が求心力を保つためとはいえ、「ポスト」の大盤振る舞いは目に余る。

 民主党は政権交代前、自民党の閣僚が短期間で代わるのを「ポストのたらい回しだ」と強く批判していた。総選挙を経ずに安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と毎年首相が誕生したことも徹底的に攻撃してきた。ところが政権を奪取するや、自民党時代よりも酷いポストのたらい回しが常態化している。

 今回の内閣改造に関しても、野党からは「入閣待望組の在庫一掃セール」(みんなの党・渡辺喜美代表)、「思い出づくり内閣」(国民の生活が第一・東祥三幹事長)と厳しい批判の声が上がった。公明党の山口那津男代表も「民主党が言ってきた『1内閣1閣僚』は全く実現していない」と切り捨てた。

 政権交代直後の鳩山由紀夫内閣は「1内閣1閣僚」を意識していた。鳩山首相が大臣に任命したのは19人だった。実力本意でポストに就けようとした気概が感じられた。ところが、政権を奪取したものの、ポストが回ってこないことに党内の議員の不満が鬱積。代表選に臨んで菅直人氏はポストを論功行賞の道具に使った。菅氏が大臣に指名した人は35人にのぼった。党内基盤が弱い野田首相が大臣のポストを与えた人はすでに38人にのぼる。

 政権交代以来、民主党で誕生した大臣は152人。複数の担当を兼務した場合を除いた延べ人数である。同じ議員が大臣ポストを転々とするケースも多いことから、「メリーゴーランド人事」と揶揄する声もある。こうしたケースを除外し、個人ベースの大臣就任者の数を数えると、それでも68人にのぼる。閣僚ポストは18人だが、3年余りの間に3倍近い人が大臣になったわけだ。

 当然、大臣としての在任期間は短くなる。野田内閣発足以降、1年以上同じポストに留まっている大臣は玄葉光一郎外相と、藤村修官房長官ぐらいだ。

国民の生活を重視しているとは言いがたい

 「たらい回し」の対象にされている「最も軽い」大臣ポストは少子化対策担当相。改造人事では中塚一宏金融相が兼務したが、民主党政権になってから何と9人目(官房長官の事務代行は除く)だ。

 少子化は、日本の年金制度が大きく揺らいでいることや、日本経済が成長路線に乗れないことの根本的な原因の1つであることは明らかだ。その責任者がコロコロ変わっていては、まともな対策など打てるはずはない。男女共同参画担当相も「軽い」。少子化対策担当などと兼務するケースが多いこともあり、すでに8人目(事務代行は除く)だ。

 主要大臣にもかかわらず「軽い」のが法務大臣。今回の改造では田中慶秋議員が就任したが、民主党政権になって8人目だ。菅内閣では仙谷由人官房長官が兼務したほか、江田五月氏が環境大臣と兼務するなど、「軽さ」に拍車をかけた。

 消費者及び食品安全担当も7人目(同)だ。もともと民主党は「国民の生活が第一」をキャッチフレーズにしてきた。消費者行政などは看板政策になるはずだったが、大臣の交代のスピードを見る限り、国民の生活を重視しているとは言いがたい。

 大臣がコロコロ代わっても現場の官僚がしっかりしているから問題ない、というのであれば、民主党が言い続けてきた「脱官僚依存」「政治主導」から大きく外れる。

 民主党の看板だったはずのポストでも大臣がコロコロ代わっている。典型例が国家戦略担当相だ。官邸主導の司令塔として「国家戦略局」を置き、それを束ねる内閣の中核的な存在になるはずだった。鳩山内閣では菅氏が副総理として国家戦略担当相に就いた。

 ところが国家戦略室を「局」に格上げする法案は一向に提出されず、国家戦略担当相の位置付けも揺れ動いた。菅氏から、仙谷氏→荒井聡氏→玄葉氏→古川元久氏と交代し、改造では前原誠司・前政調会長が就任した。前原氏で6人目である。

 民主党政権になって誕生した担当相である「新しい公共」担当もたらい回しだ。政権交代の目玉として、国家戦略と両輪の位置付けだった行政刷新担当相に就いた仙谷氏が兼務してスタートした。その後、玄葉氏→蓮舫氏→岡田克也・副総理→中川正春氏と交代。今回の改造では中塚金融相の兼務となった。こちらも6人目だ。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら