「うつ病」放浪記---国民病に罹った「私」は、いい医者、薬を求めて彷徨うことになった【第二章】
工藤美代子(ノンフィクション作家)

第一章はこちらをご覧ください。

 第二章 医師に頼るか神に頼るか

 頑固な思い込みは、自宅に帰っても続いていた。うつ病の薬なんて飲まない方がいいに決まっている。だいたい、ああいう薬に関しては、悪い噂は聞くけど、素晴らしいなんて絶賛する患者の声を聞いたためしがない。少なくともテレビや雑誌では、効かない人ばかりが登場する。

 よし、この薬は一応飲んでみるけど、必ず一週間で止めてしまおう。癖になったら大変だ。中毒になったら厄介だ。まるで、抗うつ剤が覚醒剤か麻薬のように思えて来た。

 友人、知人は「まさか、あなたがうつ病だなんて信じられないわよ。なんかの間違いじゃないの?」と口を揃えていった。

 ただ夫だけが、「実はボクは前からずっと、ミヨコはうつ病じゃないかと思っていたんだ。だって、これだけ長い年月、ずっと調子が悪くて、あらゆる病院に行ったじゃないか。それでも治らないのは、もうてんてんの病気以外にないと確信していた」。

 「てんてんの病気?」

 「そうだよ。お頭てんてん」といって夫は自分の頭を叩いてみせた。

 それ以来、わが家では、うつ病のことを「てんてん」と呼ぶようになった。

 これだけ長い間と夫がいったのも無理はなかった。

 私は四十八歳のときに、子宮筋腫で子宮の全摘手術を受けた。大雑把にいえば、それ以後は不調の連続だったのだ。つまり十二年間だ。

 このことについては、書き出すと長くなるので、いつか別の機会に詳しく述べたいが、とにかく手術によって人工的に閉経し、ホルモンバランスが崩れた。それで更年期障害が起きたと思っていた。

 そうか、元凶は、あの手術だとあらためて思い起こしたら、なんとか西洋医学以外の方法でうつ病を治せないものかという発想が浮かんだ。

 それというのも、子宮筋腫の手術をした後で、「あれは漢方で手当てできたのに。腫瘍の芽を漢方薬で小さくしていって、お腹を切らないでもすむ方法があったんですよ」と、優秀な漢方医である信川敏子先生に教えてもらった。他にもずいぶんいろいろな人から、手術はやめておけばよかったのにといわれたのだ。

 それだけに今度こそ、あわてて西洋医学に縋らないで治せる方法はないものかと思案していたのだ。

 そのときに以前から親しい友人が、赤坂に有名な婦人科のクリニックがあることを教えてくれた。診察の確かさには定評があるという。しかも漢方薬も処方してくれる。医師は五十代の男性で、芸能人や女性実業家などの有名人も通っているそうだ。

 そこならば、もしかして私のてんてんを治してくれるかもしれない。ジェイゾロフトなんて飲まなくても、治癒する方法があるかもしれない。

 十二月二十日の朝、私は友人の教えてくれた赤坂のクリニックへと向かった。退院して四日目だった。

 評判通り、待合室にはもう五人ほどの女性たちが椅子に座っていて、クリニックは大盛況の様子だ。どなたも、いかにも赤坂にふさわしいお洒落なマダムという装いで、上品な女性ばかりである。ユニクロのジーンズに西友で買った千円のセーターを着た私は、たった一つ空いていた椅子に腰掛けながら「もしかして場違いなところに来てしまったのかなあ」と不安だった。

 不思議なことに、待合室には診察室からの声が筒抜けで聞こえる。普通の病院は医師と患者の会話が、他の人に聞こえないように配慮してある。特に婦人科のようなプライベートな問題を含むところでは、絶対に他人に聞かれたくない悩みを医師に打ち明ける女性も多いはずだ。

 それなのに、このクリニックの先生は大きな声で「ああ、きれいになったねえ。この前来たときより顔がきれいになって元気そうだねえ」などと、友達口調で患者に話しかけているのが、こちらの耳に響くようだ。

 なんだかなあ、変だなあ、このまま帰ってしまおうかと迷ったが、せっかく来たのだからお薬だけでも出してもらおうと一時間ほどじっと待っていた。

内診で激痛が・・・

 やがて診察室に呼ばれた私は、自分がうつ病と診断されたこと、しかし漢方薬で治したいこと、かつて子宮の全摘の手術を受けて体調を崩したまま今日に至っていることを大急ぎで説明した。

 手術した病院は? と聞かれて、名前を答えた。「どうしてホルモン補充療法をしなかったの?」と先生が首を傾げるので「やったんですけど効果がありませんでした」といってから、ある時期そのために通ったクリニックの名前をつけ加えた。更年期障害の治療では名前を知られた医師だったからだ。

 すると先生はイラついた声で「聞かれないことは答えないでいいんだよ」と、こちらを睨んだ。「すみません」と謝る。

 急ぎ足での経過の説明が終わると、突然、先生が「卵巣はどうなっているの?」と尋ねた。卵巣は子宮を取ったときには残したのだが、今はなんの役にも立っていないはずだ。以前、診察してもらった婦人科の先生から「あなたの卵巣は、もうカラカラに干からびちゃってますね」といわれたのを思い出して、「あのう、多分干物みたいに干からびちゃっていると思います」と小さい声で答えた。

 なんとなく「からすみ」が二個、自分の体内にぶらさがっている図が見えるような気がした。

 「卵巣が干からびている? そんなことないでしょう。残したんなら、あるはずですよ。その卵巣が気になるなあ」

 先生が大きな声で言い放つので、私は待合室の人たちが私の卵巣が干からびているかどうかを心配してくれているのかしらと考える。だいたい、うつ病の相談に行ったのに、どうして先生が卵巣にこだわるのか、さっぱり理由がわからない。

 「とにかく内診をしてCTを撮りましょう。待合室で名前を呼ばれるまで待ってて下さい」

 これ以上、卵巣談義は無用とばかりに先生はカルテを閉じて、待合室を指差した。

 やれやれ、なんで子宮がない患者が内診を受けなきゃならないんだろう。百歩譲って私の卵巣が、まだ干からびていないとしても、それと、うつ病が関係あるのだろうか。私の卵巣はガンになるほどの鮮度もないことは本人が一番よく知っている。

 しかし、確固たる口調でいわれては断るわけにもいかず、内診の順番を待った。

 私が内診を嫌いなのは、とにかく痛いからだ。案の定、先生にCTスキャンのための棒状の器具を膣に入れられたら、激痛が走った。

 「痛いです」

 叫ぶと、「これが? ふむ? ところで、どうして手術した病院でホルモン補充療法をやらなかったの?」先生は妙な質問をする。

 「実は、手術の前に、あの変な鉗子とかいうので組織を採って検査をするじゃないですか。ですが、そのときに鉗子の先の部分が子宮の中で折れちゃったんです」

 「えっ? そんなことあるのかなあ?」

 さすがに先生も驚いた声を出した。

 しかし、これは真実だった。鉗子の先が七センチほどぽきりと折れて、中に残ってしまったのだ。どうやってもそれが取り出せない。

 「大丈夫です。どうせ子宮は摘出するんですから、そのときに必ず一緒に取りますよ。まあ悪さはしないと思いますけど、もし子宮の壁に突き刺さって異常出血とか始まったら、夜中でも手術します」

 病院側にそういわれてから手術の日まで約一ヵ月、鉗子の先は私の子宮の中にいた。いくら夜中でも手術しますといわれても、恐いことには変わりはない。

 だから、どうも手術をした病院へ行く気にはなれなかった。

 「うーん、そりゃあそうだね。嫌だよね。だから内診も嫌なんだね」

 納得したように先生が呟いた。私の痛がりようが尋常ではなくて、きっとそれは過去の体験が原因だと分析したようだった。

 「痛い、痛い」と喚いている間に内診は終わって、また十分ほど待たされた。

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