中国インサイドストーリー
暗闘---習近平が勝ち残った「世界一熾烈な権力闘争」

近藤大介(「週刊現代」副編集長)
G2
〔左から〕中国の次期トップとなる習近平、夫人の殺人スキャンダルにより失脚した薄熙来、現在の最高指導者・胡錦濤と、彼の忠臣で、習近平とトップ争いを続けた李克強〔PHOTO〕gettyimages

 政敵を倒し、自らがのし上がるための自己主張、忠誠、謀略、密告、賄賂、裏切り・・・。中国の政治家は、上から下まで一年三百六十五日権力闘争に明け暮れる。

 極めて形式的な選挙しか行われないので、どんな手段を使おうが、権力を奪取したら「官軍」であり、負ければ粛清される運命にある。日本の政治家のように、「選挙に落ちたらまた次に」などという悠長な世界ではないのだ。政治家として身を立てようとしたら、文字通り、上がるか殺られるかの二つに一つなのである。

幻に終わったクーデター

 2012年3月、重慶市党委(共産党委員会)書記の薄熙来(63歳)は、一気に勝負に出る決意を固めた。

 その1ヵ月前の2月6日、薄の腹心の部下だった重慶市副市長兼公安局長の王立軍が、亡命を求めて成都のアメリカ総領事館に駆け込むという事件が起こっていた。

 薄の夫人・谷開来の「愛人」と噂された、イギリス人のヘイウッド氏変死事件(2011年11月に重慶のホテルで変死)を調査していた王立軍は、谷夫人が主犯であるという捜査結果に至り、上司の薄に報告する。その結果、妻を助けようとする薄が逆に王立軍の公安局長職を解任し、王の殺害を図った。それで王は命からがら、アメリカ総領事館に逃げ込んだというわけだ。

 アメリカに亡命を拒否された後、国家安全部に拘束された王がすべてを暴露すれば、これまで着実に積み上げてきた薄熙来の政治生命は終わる。薄に残された時間は少なかった。

 ただし、薄には、彼なりの"勝算"があった。父親の薄一波・元副首相(2007年に98歳で死去)は、死の直前まで人民解放軍に多大な影響力を持ち、軍の将級幹部には現在も「薄一波人脈」がズラリと名を連ねている。かつて毛沢東主席が「銃口から政権は生まれる」という名言を吐いたように、230万の人民解放軍さえバックにつければ、現行の胡錦濤政権を一気呵成に転覆できると考えたのだった。

 3月8日、この日は、年に一度の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の全体総会が開かれていた。天安門広場の西隣に位置する人民大会堂内の「万人大会堂」には、胡錦濤総書記(69歳)以下、2987人の全人代代表(国会議員に相当)が一堂に会していた。

 25人の中国共産党中央政治局委員の中で、ただ1人欠席したのが、重慶市党委書記の薄だった。体調不良を口実に、故宮の西隣に位置する最高幹部専用の職住地区「中南海」に潜んでいたのである。そこで彼は、中南海の防衛を任務とする人民解放軍の最強部隊「8341部隊」の幹部たちを前に乾坤一擲の大勝負に出たのだった。

 「諸君、いまこそ立ち上がれ! わが国を建国の父・毛沢東主席の理想の時代に戻すのだ。我々がいま人民大会堂を包囲すれば、私が重慶で実験してきたような理想の国家が創れる!」

 薄熙来がクーデターを画策している---この「絶密消息」(トップシークレット情報)は、すぐさま人民大会堂の胡錦濤総書記、温家宝首相(70歳)らのもとに入った。人民解放軍を統括する中央軍事委員会の主席でもある胡錦濤は即刻、「8341部隊長の解任」を宣言すると共に、北京衛戍区(首都防衛軍)に出動を要請。結局、薄のクーデターは未遂に終わったのだった。

 1週間後の3月15日、薄熙来は重慶市党委書記のポストを解かれ、4月10日には党中央政治局委員も解任。妻の谷開来は同日、殺人容疑で拘束された(8月に執行猶予つきの死刑判決が下された)。今年10月に開催される、第18回共産党大会で中央政治局常務委員、俗に言う「トップ9」入りが有力視されていた薄熙来の夢は、かくして潰えたのだった。

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