中国インサイドストーリー 暗闘---習近平が勝ち残った「世界一熾烈な権力闘争」近藤大介(「週刊現代」副編集長)

2012年09月22日(土) g2
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 3月8日、この日は、年に一度の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の全体総会が開かれていた。天安門広場の西隣に位置する人民大会堂内の「万人大会堂」には、胡錦濤総書記(69歳)以下、2987人の全人代代表(国会議員に相当)が一堂に会していた。

 25人の中国共産党中央政治局委員の中で、ただ1人欠席したのが、重慶市党委書記の薄だった。体調不良を口実に、故宮の西隣に位置する最高幹部専用の職住地区「中南海」に潜んでいたのである。そこで彼は、中南海の防衛を任務とする人民解放軍の最強部隊「8341部隊」の幹部たちを前に乾坤一擲の大勝負に出たのだった。

 「諸君、いまこそ立ち上がれ! わが国を建国の父・毛沢東主席の理想の時代に戻すのだ。我々がいま人民大会堂を包囲すれば、私が重慶で実験してきたような理想の国家が創れる!」

 薄熙来がクーデターを画策している---この「絶密消息」(トップシークレット情報)は、すぐさま人民大会堂の胡錦濤総書記、温家宝首相(70歳)らのもとに入った。人民解放軍を統括する中央軍事委員会の主席でもある胡錦濤は即刻、「8341部隊長の解任」を宣言すると共に、北京衛戍区(首都防衛軍)に出動を要請。結局、薄のクーデターは未遂に終わったのだった。

 1週間後の3月15日、薄熙来は重慶市党委書記のポストを解かれ、4月10日には党中央政治局委員も解任。妻の谷開来は同日、殺人容疑で拘束された(8月に執行猶予つきの死刑判決が下された)。今年10月に開催される、第18回共産党大会で中央政治局常務委員、俗に言う「トップ9」入りが有力視されていた薄熙来の夢は、かくして潰えたのだった。

次期「トップ9」の陣容

 3月に続く「大波」は、8月上旬に起こった。今度の震源地は、北京ではなく、北京の東250kmにある避暑地・北戴河で開かれた「北戴河会議」である。

 北戴河会議とは、渤海湾に面した河北省の北戴河で毎年夏に1週間ほど開かれている「非公式の最高幹部会」だ。北戴河は、20世紀前半にイギリス人が開拓した海沿いの避暑地で、1949年の解放後に中国共産党が接収した。毛沢東主席の趣味が水泳だったため、毎年夏に最高幹部たちが、静養を兼ねて北戴河に集まり政治談議を行った名残で、いまも連綿と続いている。

 北戴河会議の最大の特徴は、現役の最高幹部のみならず、すでに政界を引退した、かつての「トップ9」たちにも参加資格があることだ。このため、ボス格の元老である江沢民・前総書記(86歳)は、2002年秋の第16回共産党大会で総書記を胡錦濤に委譲した後も、この北戴河会議を拠点として権力を行使し続けた。そのため胡錦濤は、一旦は北戴河会議の廃止を決めたのだが、逆に江沢民の逆鱗に触れ、復活せざるを得なくなった経緯がある。

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