アダム・スミスの「生きるヒント」 第14回
「経済を発展させるのは誰か?」

第13回はこちらをご覧ください。

 スミスは国の富を増やすために、「分業」「資本蓄積」が必要だとし、さらに分業や資本蓄積をスムーズに推し進めるために、各自が自由に経済活動できることが必要だと説きました。「自由経済」の必要性・重要性を主張していたわけです。

 これが「スミスの経済学理論」の大枠です。ただし、これで終わりではありません。まだ重要なものが分析されていません。

 それは「誰が経済発展を牽引していくのか?」です。つまり、「経済を動かす力」「経済発展の原動力」についての分析です。

 理想的な計画、客観的なシナリオを作っても、それを動かす人がいなければ、物事は何も変化しません。わたしたちの日々の仕事を考えても同じです。今の市場環境を客観的に分析して、ビジネスの構造を理解し、「なるほど、ここがそうなっているのか。ではこの施策を講じればいいな」と分かっただけでは、何も変化は起こりません。

 誰かが行動していかなければ、会社も経済も社会全体も変化しないのです。

 スミスは「国の富を増やすこと」を経済学の目的として捉えていました。そのため経済構造だけでなく、実際に富を増産させる「方法」としてスミスが出した結論も知らなければいけません。

 つまり「誰が経済を動かしているか?」、またそれと合わせて、「なぜその人たちが動くのか?」という動機についても考える必要があるわけです。

 そのため次は、その「実際に経済を動かしている原動力とは何か?」を考えていきます。じつは、これは『国富論』ではなく『道徳感情論』に書かれている内容です。ですが、国の経済発展と大きく関係するテーマなので、あえてここで紹介します。

経済の原動力は「軽薄な人」

 結論からいうと、スミスは経済を動かし、発展させていく原動力となるのは「軽薄な人」と考えていました。軽薄な人がいるから経済が発展していくのだと主張していたわけです。

 ここで「軽薄な人」について、定義を再度確認しておきます。

 スミスが言う「軽薄な人」とは、「自分の中の裁判官、つまり自分の中の『正義』が下す判断よりも、世間からの評判を気にしてしまう人」です。つまり「自分の心に背いて安易に正しくない道に進んでしまう人」のことです。

 なぜそのような「安易で間違っている判断をする人」が経済の原動力になるのか、不思議に感じるでしょう。なぜそんな「つまらない人間」が、世の中の役に立つのか、と。

 ですが、特に不思議なことはありません。軽薄な人が経済発展を主導するのは、「人目を気にするから」です。

 軽薄な人は世間の目を気にして、自分を飾ろうとしています。自分が裕福である、自分は重要人物であるとアピールしたいのです。そして、必死に富を追いかけるようになります。つまり必死にビジネスをしてお金を稼ごうとするわけです。

 その結果として、経済全体が発展していくというのがスミスの考えでした。

 スミスの考え方を順を追って解説するとこういうことになります。

1) 人間は「他人からの同感を、心から欲している動物」である。
2) 一方で、人間は他人の感情や行動を「評価」している。
3) そして同じように、「経済的状況」にも賛同したり、批難の感情を持つ。
4) 同様に、「富」「豊かな人」を評価し、「貧困」「貧しい人」を「ダメだと思う」という感情を抱く。さらには、裕福な人を重視し、その人の意見を尊重し、「偉い人」として認識する。

 スミスはこういう言葉を残しています。

《原 文》
「社会に対して尽した功績の程度が同じ場合に、貧しい者、下賤の者よりも富める者、高貴の者を一層尊敬しないような人はおそらく滅多にいないであろう。大多数の人々にとっては、富者や権力者の自尊心や虚栄心の方が、貧者や賤者の真摯な堅実な功績よりもはるかに賞讃に価いするのである。(中略)事実上富者や権力者が殆んど常に尊敬をかちえていることをわれわれは認めなければならない」(『道徳情操論』P151)

《意 訳》
貧しい人と裕福な人が、同じような功績を残した場合、世間は「裕福な人」をより一層尊敬するだろう。金持ちが見せびらかす「大したことない実績」の方が、貧乏人が堅実に挙げた成果よりも称賛に値すると感じる。そして、実際にほとんどのケースで、金持ちや権力者が世間から尊敬を集めているのである

 『道徳感情論』の別の箇所でスミスは、「精神的に優れている」「年上である」「社会的な地位がある」などは、その人の行動に権威を与えやすくなる、周りの人びとが敬い、従いやすくなるといっています。

 これらが尊敬を集める人の「条件」になっているのですね。これは納得できますし、妥当な感情です。

 そして、さらに重要なこととして、スミスは「富を持っている人」はより一層権威を持ちやすくなると言っていたのです。「貧者は富者に対して尊敬を払う、強い性向がある」、つまり「裕福」というだけで尊敬の念を持ちやすくなるということなのです。

 要するに、「金持ちは貧乏人より世間からの同感を得やすい、称賛を得やすい」のです。同じ行動をしても、金持ちの方が称賛される。金持ちというだけで称賛される。だから、称賛を得るために、経済的に裕福になろうという感情が芽生えてくるのです。

 ただし、その人が金持ちか、貧乏かによって、その人に対する評価が変わるというのは、本質的ではありません。このような評価は、表面的なもので、決して「正しい」とは言えません。

 しかし、現実に世間はそんな判断をすることがありますね。わたしたちも「年収○千万円」と聞くだけで、「すごい人だなぁ」と感じた経験はあるかと思います。

 そんな本質的でない評価に右往左往してしまうのが「軽薄な人」なのです。他人からむやみやたらに同感を得ようとする軽薄な人は、富を得ようと必死になるのです。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら