サッカー
二宮寿朗「魅力あるJリーグづくりのため、セカンドキャリア整備を!」

 先月、昨シーズン限りで引退した元Jリーガーの清水範久から久しぶりに連絡をもらった。タイ・バンコクに渡り、現地に滞在している日本人の子供たちに向けたサッカースクールで指導に当たることが正式に決まったという報告だった。

難局化するセカンドキャリア問題

 清水はジュビロ磐田(1997、99年)、横浜F・マリノス(2003、04年)でリーグ制覇に貢献し、J1で200試合以上の出場数を誇った“名バイプレーヤー”だ。11年、アビスパ福岡から戦力外通告を受けて引退を決めた。彼は元々、指導者に転身することを希望していたわけではなかった。だが、そのスクールは英語圏の団体が運営していることから「海外で生活しながら英語を習得できるということも考えて、今後の自分の人生に活かすことができたら」という理由もあり、タイでの新しい挑戦に踏み切った。組織の運営についても学ぶことができ、将来のキャリアステップを考えたうえでの行動だった。

 今、Jリーガーのセカンドキャリアは、難しい局面を迎えつつある。引退後、サッカー指導者の道を目指す者は少なくない。しかし、Jクラブでは下部組織を含めて、もはや頭打ちの段階に入ってきた。指導者が増える一方で受け皿も同じように増えていかなければあぶれてくる者が出てくるのは当然である。つまり、指導者ライセンスを持っていても、働き口がない時代が到来しているのだ。

 今年、元日本代表FW久保竜彦をスクールコーチとして招聘したNPO法人の廿日市スポーツクラブのように、地域の団体が元Jリーガーの指導者を招くケースが増えたり、女子サッカーの普及も追い風になるかもしれない。しかしながら、まだまだ未知数である。確かに「指導者の受け皿をどう増やしていくか」は喫緊の課題のひとつだ。だが、それと併行して指導者ではない道に進む場合のサポートも考えていかなければならない。

 J1、J2全40クラブには毎年多くのルーキーが入ってくると同時に、引退や戦力外通告を受けてJのピッチを離れていく選手も数多い。プロ野球選手に比べて実働年数が短く、志なかばで消えていく選手は山ほどいる。それだけに、引退後、職業として指導者の道を希望しながらも、サッカー以外への転職を余儀なくされるケースが出てくる。

 プロである以上、多額の報酬を手にする反面、クビを切られるリスクもあって当然だ。だが、今のJリーグはJ2になると年俸が1000万円以上の選手はわずかしかいない。数年でクビを切られていきなり社会に出ても、準備金もなければ、社会とのつながりもないとなれば、転職するのは非常に難しい。最低限の補償やサポート体制はやはり必要だと言える。