賢者の知恵
2012年09月24日(月) 週刊現代

週現スペシャル 新・没落貴族 全財産失った元富豪たちの告白 最新版「おカネの哲学」------人生は何が起きるか分からない 連続インタビュー

週刊現代
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 かつて栄華を極めた。その繁栄は長く続かなかった。すべてを失い、それでも生き続ける。庶民には窺い知ることができない世界を垣間見た男たちは、今は何を考えて、どのように生きているのか。

ヤオハンの華麗すぎる転落

「ピーク時の年商は5000億円。社員2万8000人を擁して、世界16ヵ国に約450店舗を展開していました。当時の自宅は香港の最高級住宅地ビクトリア・ピークの頂上にある、通称『スカイハイ』という香港上海銀行の元公邸です。お袋からは、『そんな贅沢をしてはいけない』と言われたのですが、価格が17億円まで下がっていたので思い切って購入したのです。

 しかし、会社が潰れて生活は一変しました。個人資産もすべて差し出して、文字通りの無一文。生活費は年金だけです」

 人生、何が起こるかわからない。庶民には到底想像もつかない豪奢な暮らしを実現したかと思えば、一転、莫大な借金を抱えて、傍目にも気の毒なほどの赤貧生活に突入する---。一代で天国と地獄を見た人のドラマは、やはり壮絶だ。

 静岡県熱海の八百屋「八百半」を世界的な流通小売グループ「ヤオハン」にまで発展させた業界の風雲児、元ヤオハングループ代表の和田一夫氏(83歳)もその一人。'89年に持ち株会社の「ヤオハンインターナショナル」を香港に設立し、'95年には上海に大型百貨店『NEXTAGE』をオープンした。今振り返れば、この時期が絶頂期だった。和田氏の話の続きを聞こう。

「開業初日には107万人のお客様が来ました。この記録は今もギネスブックに載っています。22歳で熱海の八百半に入り、33歳で社長になった私ですが、それから30年で世界一のお店を持てるとは夢にも思わなかっただけに、自分でも信じられませんでした」

 けれども、快進撃は長くは続かなかった。'96年にヤオハンの総本部を上海に移転。ところが同年のうちにヤオハン・ジャパンの経営危機が表面化し、'97年に事実上の倒産を迎える。

「原因は国内のヤオハンが赤字になり、その手当てが遅れたことです。中国のヤオハンはその時点でも順調でした。『国際企業』などと言われて、どこか驕っていたのでしょうね。立て直そうとしたときには手遅れでした。負債総額は1613億円。ヤオハンの末期には取引先からの仕入れなどに個人保証をしていたため、会社が潰れたときには一切の個人資産も差し出しました。絶頂からわずか3年、68歳で収入ゼロの年金生活者になりました。

 私自身よりも家内が大変だったと思います。それなりに贅沢な暮らしをしていたのが、いきなり年金生活だから当然、お手伝いもいなくなった。ただ、愚痴は一度も口にしたことがない。家内がいたから、私もここまで頑張れた」

 その妻・きみ子さんにも話を聞いた。

「倒産した直後は、多くの方から『本当に一銭も隠していなかったの?バカよ』と言われました。倒産など夢にも思っていませんでしたから」

次ページ  30年かけて辿り着いた地位も…
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