『「イタリア」誕生の物語』 著者:藤澤房俊
~「イタリア」誕生と明治維新~

 「近代イタリア史は穴ですね」

 これは、拙著『「イタリア」誕生の物語』(講談社選書メチエ)の刊行が決定したことを知らせる編集者Sさんの言葉である。イタリア史と言えば古代ローマ、ルネサンス、ファシズムの三題噺が中心で、「近代イタリア史は売れない、無理です」が、これまで多くの編集者の一般的な反応であった。

 一九世紀のイタリアは、「死者の地」に譬えられた零落状態からの「再興」を意味するリソルジメントの時代と呼ばれる。その歴史がまったく紹介されてこなかったわけではない。驚くなかれ、近代イタリアの国民的英雄ガリバルディの名前が、徳川幕府の発行していた、バタヴィア(ジャカルタ)のオランダ政庁機関紙から翻訳した『バタビィア新聞』の文久二年(一八六二年)八月三日号に出ている。

 その記事は、ガリバルディが住むサルデーニャ島の北に位置するカブレラ島が「巡禮人の神社」のように混雑しており、「大将軍に対し無禮」を防ぐために番兵を置いたという内容である。この記事は、おそらく、ガリバルディを日本人に最初に紹介したものであろう。

 イタリアから遅れること七年、一八六八年に近代国家を樹立した日本が文明開化に取り組んでいた時期、もちろん翻訳本であるが、リソルジメント史にかかわる書物が集中的に出版されている。それによって、三宅雪嶺はガリバルディと西郷隆盛の名誉と地位を求めない両者に共通する行動の美学を論じ、徳富蘇峰は吉田松陰とマッツィーニを革命の理論家・先駆者として比較している。

 与謝野鉄幹は、大正、昭和の青年たちが放歌高吟した、かの有名な「妻をめどらば才たけて、顔うるはしくなさけある」で始まる「人を恋ふる歌」で、バイロン、ハイネとともにガリバルディを詠い、バルカン半島と朝鮮半島の独立運動を重ね合わせている。

 明治二五年(一八九二年)に出版された平田久纂訳『伊太利建國三傑』は、近代の東北アジアのナショナリズムとの関連で、数奇な運命を辿ることになる。日本に亡命していた梁啓超は、中国民族を啓蒙し、覚醒させるために、『伊太利建國三傑』を中国語に翻訳した。その本は日本からの独立を目指す運動が活発化していた朝鮮半島で中国語から朝鮮語に翻訳される。

 三・一運動の「独立宣言文」の起草に参加した僧侶で詩人の韓龍雲は、「ニムの沈黙」と題する詩のなかで自国の運命とイタリアを重ね合わせて、マッツィーニのニム(愛しきもの)をイタリアと詠っている。このように、『伊太利建國三傑』を通じて、「日本化された西洋=近代」が中国・朝鮮に伝播し、両国のナショナリズムと結合した。