読書人の雑誌『本』
『お変わり、もういっぱい!』 著者:中島さなえ
~お変わり、もういっぱい!~

 「お変わりな物事」への観察癖がついたのは、おそらく幼少のころからだと思う。三十数年前、中島家が宝塚の町のはしっこに小さな家を建てると、仲間内で家を持っている者など当時いなかった父母の友人たちがどんどんと泊まりにきた。そのうち友人がまたその友人を呼び、「おい、宝塚にある中島とかいうやつの家に行けば、寝るのも食べるのもタダらしいぞ」という噂がまことしやかに流れていった。

 結果、うちの家には月にのべ百人、常に二~五人ほどが居候していた。パンク青年、バックパッカーの外国人、看護師、文学者、ゴスペルシンガーといった様々な種類の男女が集結し、音楽を聴いたり文学談議をしたりラブホ代わりにしたりどんちゃん騒ぎをしたり、カオス状態の謎の民宿と化していったのだ。

 まだ小さかったわたしや兄は、居候の中でも子ども好きで面倒見のいい人たちによく遊んでもらったり、相手をしてもらった。モヒカン頭のお兄ちゃんがスーパーへ買い物に連れていってくれることもあったし、看護師のお姉さんにお風呂へ入れてもらったりした。

 そんなある冬の日、幼稚園から家に帰るとだれも家人がいない。父がいないのはいつものことだったが、買い物にでかけたのか母もいなかった。おやつも見当たらないし、お腹がすいて困っていると、こたつの向こうから突然知らない男がニョキッと顔を出した。

 「おかえりー」

 ボサボサの髪の毛に無精ヒゲの男は、わたしがお腹をすかしていることを察したのか、フラフラとこたつを抜け出して台所に立ち、素うどんを作ってくれた。初対面のわたしたちはこたつに戻って無言でうどんをすすった。礼も言えなかったが、あの人はいったいだれだったのだろう。さっぱりわからん。

 そんな状態が数年続いた。人が集まるとそれは小さな社会というが、子ども心に話を聞いていても、「あいつとあいつは別れて、もう女のほうはここにはこないだろう」とか、「あいつはダメになって入院している」とか、「あいつは連絡がつかない。家を飛び出したきり行方不明だ」とか、どことなく脳天気ではあるものの、どんよりと"不幸"なムードが漂っていたように思う。

『お変わり、もういっぱい!』
著者:中島さなえ
講談社刊 / 定価1,680円(税込み)

◎内容紹介◎

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