私のワクワク留学体験記 
エール大学大学院で出会ったロシアの宇宙開発支えた天才科学者たち

ソ連崩壊でエール大学に押し寄せた宇宙科学者たち

 今回から不定期に私が海外留学中に出会ったすごい連中やユニークな体験について記していきたい。第一回は腰を抜かすほどの頭脳を見せつけてくれたロシアの科学者たちについて書いてみる。

 私は1995年から、米国のアイビーリーグ名門エール大学大学院の国際経済・開発経済学科に留学した。そこに来ていた連中は、色んな意味で各国のエリートであった。日本からは大蔵省(現・財務省)、日銀、郵政省(現・総務省)のキャリアたち。中南米からは、将来の大統領や中央銀行総裁候補が来ていた。

この年に異彩を放っていたのが、旧ソ連から留学に来ていた連中だ。今でいうロシアからもウクライナからもいた。聞いてみると、なんと彼ら全員、ロシア科学アカデミーの研究者たち。こちらも他人様の事は言えないが、彼らの英語はロシア訛りがキツく、コミュニケーションには苦労した。あまり笑わず、とっつきにくい感じであった。

 彼らの多くはハングリーであった。時はソ連崩壊直後。故に、科学アカデミーにもお金が入らず、天才的な数学や物理の大家である彼らさえも失業同然。米国であらたなチャンスを掴もうとしていた。

 すでにロシアで20代前半で数学や物理の博士号を取得していた彼らは、NASAやアメリカの大学での研究職は目指さなかった。見た目からして頭脳キレキレの彼らは、「僕らの頭脳をウォール街で活かしてひと儲けしたい」と語っていた。今日ではロケット工学者が株価の予測をやっていたことは有名な話だが、17年前の当時はその走りなので「宇宙科学者がウォール街って変わっているなあ」というのが私の第一印象だった。