金融庁、野村証券に業務改善命令
収益至上から法令順守重視へ、問われる企業の真価[インサイダー]

記者会見する野村ホールディングスの渡部賢一CEO(手前)と次期CEOの永井浩二野村証券社長(肩書はいずれも当時)=東京都中央区で7月26日

 公募増資に関するインサイダー情報を顧客の機関投資家に漏えいしていたとして、野村証券が金融庁から業務改善命令を受けた。90年代の損失補てん、利益供与事件を経て解体的出直しを誓ったはずだが、「ノルマ証券」と称される収益至上主義は改善されていなかった。経営体制の刷新で再主発を図る野村だが、肥大化した海外事業が重荷となり経営環境は厳しい。市場から収益改善を求められ、ただでさえ舵取りが難しい中、コンプライアンス(法令順守)重視の企業風土へ生まれ変われるか。業界最大手「ガリバー野村」の真価が問われている。

「収益第一主義の営業態勢の徹底により、法令順守意識が欠落。公募増資情報を他の部署から積極的に取得し、営業に活用する行為が常態化していた」

 8月3日、金融庁は野村の機関投資家向け営業部で、公募増資情報を内部取得し公表前に顧客に提供する不正行為が横行していたと指摘。野村が主幹事を務めた国際石油開発帝石(INPEX)、みずほフィナンシャルグループ(FG)、東京電力の3件の公募増資で情報漏えいが確認されたことに加え、他にも不正の可能性が高い複数の事例が認められたとして、金融商品取引法に基づき業務改善命令を出した。

 野村の営業員は、増資計画の調整役で調達規模や実施時期などの情報が集まるシンジケート部の社員などに頻繁に接触。「具体的な銘柄名を出さなければ問題ない」と勝手に解釈し、情報を入手していた。ただ、具体名を出さないと言っても、みずほFGをロゴマークの色から「青い銀行」と呼ぶなど、業界に身を置く人間なら誰でも分かる呼称。「営業部は『グレー』ゾーンの行為と解釈していたが、実態は明らかに『クロ』」(証券取引等監視委員会幹部)だった。

 増資やM&A(企業の買収・合併)など重要情報が集まる証券会社では、インサイダー防止のため、社内で「チャイニーズ・ウォール(万里の長城)」と呼ばれる厳格な情報遮断の仕組みが設けられている。野村では、08年に中国人社員がM&A情報を利用したインサイダー取引の疑いで逮捕される事件が起こったこともあり、「形式だけを見れば、むしろ同業他社に比べ優れた態勢を作っていた」(監視委幹部)。

 それでも情報漏えいがはびこっていた背景には、野村の企業風土とも言える「収益至上主義」がある。

 野村の情報漏えいが確認されたのは、中央三井アセット信託銀行(現・三井住友信託銀行)と米「ファーストニューヨーク証券」。いずれもまとまった量の証券取引を行う機関投資家で、個人投資家に比べ重要度の高い顧客だ。野村はインサイダー情報を提供する見返りに、自社を通じた証券取引を増やしてもらい多額の手数料を獲得。企業の新株を大量に引き受ける「受け皿」にもなってもらっていた。

 増資を実施すれば、1株当たりの価値が希薄化するため、市場では株価が下落することが多い。未公開の増資情報を得た機関投資家は、いったん空売りして公表後に値下がりした株を買い戻して差益を得たり、保有株を即座に売却して損失を回避できる。

 割を食うのは、何も知らずに増資発表まで株を保有していた一般投資家だ。金融庁幹部は「自社の利益のため公平性を無視して『お得意先』に便宜を図る構図は、過去の大口顧客への損失補てん問題や総会屋への利益供与事件と同じ」と指摘。不正根絶に向け、徹底調査する意向を示していた。

 一方、野村経営陣は事態の深刻さを見誤っていた。INPEXの公募増資に絡むインサイダー取引の疑いで中央三井アセットが摘発された3月、ある幹部は「うちの情報管理態勢は万全。監視委の勇み足」などと顧客に説明。5月にみずほFG、6月に東電と監視委の摘発が連続したことで事の重大さにようやく気づき本格的な社内調査を始めたものの、対応は遅きに失した。

 6月29日、野村ホールディングス(HD)の渡部賢一グループCEO(最高経営責任者)=当時=が初めて会見を開き、再発防止策や自らの報酬カットなどの処分を打ち出したが、当局では既に「現経営陣で自浄能力を発揮できるとは思えない」(金融庁首脳)との見方が主流となっていた。

 野村内部でも「渡部下ろし」の声が徐々に強まった。インサイダー問題が長引いたことで、財務省が日本たばこ産業(JT)株を売り出す主幹事から閉め出されたのに続き、日本航空(JAL)の再上場を巡る主幹事7社の統括業務からも外され、業績面での影響を無視できなくなったためだ。

 八方塞がりとなった渡部CEOは7月26日、再発防止策を改めて打ち出すとともに、事実上の引責辞任を表明。野村証券社長の永井浩二氏がCEOを兼任し、経営体制を刷新することになった。これについて、松下忠洋・金融担当相は「自浄作用が相応に発揮されており、おおむね評価できる」と受け入れる考えを示唆。その約1週間後、当局が業務改善命令を出し、事態はようやく収束に向かった。

重荷の海外事業部門の赤字

 ただ、野村の経営環境は厳しい。08年秋に渡部体制の下で旧リーマン・ブラザーズの欧州・アジア部門を買収したものの、人件費がかさむ一方で収益が上がらず、海外事業が赤字体質から抜け出せないでいる。米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは3月、野村HDの長期債務格付けを「投資適格」の最低級に引き下げた。もう1ランク下がれば「投資不適格」となり、信用力の失墜で海外業務からの撤退を迫られかねない瀬戸際に追い詰められている。

 野村の営業部門が無理にでも収益を上げようと「暴走」した背景には、海外部門の赤字を国内部門で埋めなければならないという経営環境の厳しさもあった。

 しかし、一連のインサイダーを受け「利益のためなら多少の不正には目をつむる」という旧態依然とした「ノルマ証券」の経営手法は通用しない。「根底から社内体制を作り直す」(永井新CEO)と宣言した野村だが、その前途は極めて多難と言える。

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