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シリーズ 子供たちの「遺書」川崎市中3男子硫化水素自殺事件「死人となっても必ず復讐します」
自殺して亡くなる約2ヵ月前に、学校の校庭で撮った制服姿の真矢君の写真。遺影にはこの写真が使われた

取材・文│須賀 康(ジャーナリスト)

〈毒ガス発生。扉を開くな〉

 '10年6月7日午後2時頃、川崎市麻生区の自宅1階トイレのドアに、赤いボールペンで大きく書いた張り紙を残し、中学3年の篠原真矢君(当時14)は自ら命を絶った。トイレの便座の上にはA4判の紙1枚に鉛筆で綴られた『遺書』が置かれており、いじめに遭っている友人を救えなかった苦悩と、その友人を庇ううちに自身もいじめられた辛さを、死という最後の手段をもって訴えていた。

〈俺は、「困っている人を助ける・人の役に立ち優しくする」それだけを目標に生きてきました。でも、(中略)E(友だちの名前)のことも護れなかった・・・〉

 さらに、いじめた加害者4人の実名を挙げてこう続けている。

〈俺はEをいじめた、A、B、C、Dを決して許すつもりはありません。奴等は、例え死人となっても必ず復讐します〉(引用原文ママ)

 真矢君は、県外に単身赴任している父親の宏明さん(48)と母親の真紀さん(46)、3つ違いの兄と祖母の5人家族。事件のあった6月7日、真矢君は前日まで2泊3日で関西への修学旅行に参加しており、学校は代休日だった。真紀さんが、自殺している真矢君を発見したのは夕方5時少し前。真紀さんが、その時の様子を声を震わせて振り返る。

「トイレのドアに鍵がかかり、目張りもしてありました。真矢の姿はなく、一瞬不安が過ぎり、ドライバーを持ってきてドアをこじ開けたんです」

 便座の左側には頭を奥に、身体を横に向けて倒れている真矢君の姿があった。救急車を呼び車で病院へ搬送するが、ほぼ即死状態。除草剤と除菌剤を混ぜて発生する猛毒の硫化水素ガスを吸い込んだ自殺だった。真紀さんの電話で駆けつけた宏明さんも驚きを隠せなかった。

「普段の真矢に変わった様子はなく、いくら考えても(自殺の)原因などまったく思い当たりませんでした」

 ところが、その日の夜11時頃、自殺現場を調べた警察から便座の上にあったという遺書を渡され、真矢君の自殺はいじめが原因だったことが分かった。また、勉強机からは遺書とは別に、多くの友だちへ宛てた『遺言』も見つかっている。