官々愕々
過熱気味の「維新の会」連携フィーバー

 このところ、新聞、テレビは、橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会の国政進出をめぐる話題で賑やかだ。落ちこぼれ議員のすり寄りはともかく、一頃は石原東京都知事が話題に上り、先々週には民主党の松野元官房副長官が登場したと思ったら、最近は、政策で一致しているみんなの党と袂を分かったとか、安倍元総理が近付いたなどと日替わりメニューのようだ。

 こうしたフィーバーが生じるのは、政策本位と言っていた大阪維新の会自身が、いよいよ国政進出のための具体的方法について様々な選択肢の検討に入ったからである。どこと連携するのかは本来政策で決まるはずだ、というのが維新の会の立場だ。ということは、政策の議論を続けて行けば答えはおのずと出るのだが、現実はそう単純ではない。

 いろいろな頭の体操をしている過程で、様々な勢力と接触する必要が生じる。会ってもらった議員は喜んでそれをマスコミにしゃべる。だから、「水面下」と言いながら、どんどん情報が流れる。マスコミ、特に政治部の記者は政策のことは良くわからないから、誰と誰が会ったというニュースを追いかけるのが大好きだ。だから、安倍元総理と会ったという話が出て大騒ぎする割には、原発推進の安倍氏と維新の会が連携できるのかといった政策の議論は殆ど聞かれない。

 大阪府市統合本部のエネルギー戦略会議は、遅くとも2030年までに原発ゼロという提言をしている。橋下氏も、2030年原発ゼロは出来るという確信を持った、としながらも、維新の原発政策はまだ具体的になっていない。

 大阪維新の会には二つのパラドックスがある。第一は、橋下氏が代表でありながら国政には出ないと言っているというパラドックス。政党の責任者が国政の場にいないということは、国民から見てわかりにくいというだけではなく、維新の会のガバナンスの観点からも極めて難しい問題を生み出す恐れがある。

 第二のパラドックスは、国政のマニフェストを地方議員の集団が決定するということである。

 第一のパラドックスへの対策として、国政での責任を担えるリーダー探しをしようということになり、それが党外にいる場合、その議員の政策と維新の会の政策のすり合わせの問題が生じる。第二のパラドックスの結果、本来は、国政ではしがらみがなく非常に野心的なマニフェストを掲げることが出来るはずなのに、それを決める府議・市議の中には後援会に中小企業を抱える議員も多く、中小企業の声を無視した政策は進めにくいという問題が生じる。この二つの矛盾が複合して影響を与える可能性があるのが原発政策だ。

 そこに降って湧いた安倍元総理との連携話。霞が関のある原発推進官僚は、こう言った。「安倍さんは経産省の幹部I氏が完全に抑えているから、原発推進は揺るがない。その安倍さんと橋下氏が連携するとなれば、原発政策は穏健になって、玉虫色の政策が出るのではないか。維新の会が大きな勢力になっても、原発ゼロとはならない可能性が出て来た」。

 つまり、リーダー探しを余儀なくされる維新の会が、安倍氏にそれを期待した場合、脱原発政策が揺らぐ可能性があり、その時に維新の会のメンバーは、中小企業との関係でむしろそれを歓迎するので、歯止めが利かないという見立てだ。

 現実には、これまでの橋下氏の言動を見る限り、経産官僚が夢見るような話になるはずがないのだが、そんな冷静な判断を見失わせるほど、維新の会「連携フィーバー」は過熱しているようだ。

「週刊現代」2012年9月15日号より

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 福島第一原発の事故で原発の恐ろしさに目覚めた人、原子力ムラの企みと横暴に怒りを感じた人、そして「脱原発」を目指す多くの人に、真実を伝え、考える道筋を示し、そして希望を与える「魂のメッセージ」。