視聴率三冠王争いから外れたTBS
「民放の雄」に返り咲く日はくるのか!?

高堀 冬彦

「TBSの様子はいつも気になる。このところ金曜日の視聴率が伸びて安定している」(日本テレビ幹部)、「TBSを侮るテレビ屋(テレビ局社員)は素人」(フジテレビ古参社員)。

 1980年代までは「民放の雄」と呼ばれたTBSに対し、他の民放マンは今なお畏敬の念を抱き続け、警戒を怠らないが、このところ冴えない。90年代以降は年間視聴率3冠王争いに加われず、ゴールデンタイムに 『ぴったんこカン・カン』 『中居正広の金曜日のスマたちへ』が並ぶ金曜日こそ好調だが、全体に広がらない。なぜなのだろう。

「なぜ勝てないのか、よく分からない」

「TBSは死んだ」。

 ワイドショーのスタッフが、オウム真理教と対立する坂本堤弁護士の放送前インタビューを教団幹部に見せてしまい、坂本さん一家が惨殺されたことが判明した際、同局キャスターの故・筑紫哲也氏が放送中のカメラに向かって放った言葉だ。古傷に触れることをTBS関係者は快く思わないだろうが、テレビ界にはこの事件とその後のTBSを関連づける声が今なおあるため、あえて振り返る。

 同局の視聴率低下は80年代後半から始まり、90年代にはフジテレビ・日本テレビとの差が決定的になっていった。一方で、1989年に坂本堤弁護士一家殺害事件は起こり、筑紫氏が96年3月25日放送の『筑紫哲也のNEWS23』でTBSを自己批判している。くしくも視聴率低下の時期が重なり合う。

 ニュースキャスターが所属先のテレビ局をここまで辛辣に批判したことは、日本で過去にない。TBS内からは「よくぞ言ってくれた」と称賛する声が上がったが、一方で「あそこまで言わなくても」と嫌がった人もいた。企業が組織批判を快く思わないのは、どの業種、いつの時代でも同じで珍しい話ではない。

 では、本当にTBSは死んでいたのか?------答えは逆だろう。

 NHKも含め、1人のキャスターが所属組織を放送内で批判するのは現実的に不可能であり、それができたTBSという組織はむしろ健全だったと言える。他局でも筑紫発言は話題の的だったが、「うちでは無理」という声ばかりだった。

 その後、TBSは当時の社長が辞任し、当事者は懲戒免職になるなど、放送界史上で類を見ない大掛かりで厳しい処分を行った。さらに社員たちによる事件検証の特別番組をゴールデンタイムで放送した。この時もやはり他局の社員は「わが社ではあそこまでできないだろう」と口にした。その後のTBSは他局に先駆けてコンプライアンス体制を整え、信頼を回復していく。

 ところが視聴率は浮上せず、この1年間に限ると、月間視聴率3冠王すら一度も取れていない。TBSマンは「なぜ勝てないのか、よく分からない」という。当事者たちにも明確な理由が分からないまま、他局の後塵を拝していることになる。

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