第1回 松下幸之助(その一)
誰が一番、お金を巧く遣ったのか---
政経塾に七十億を費やした「商人」

 日本にあまた、金持はいるが、一番、金の遣い方が巧かったのは誰だろう---。

 そう云った問いを立ててみた時に、まず指を折るべきなのは、松下幸之助ではないか。
私が、松下に関して「巧い」と思うのは、松下政経塾を作った、一点に拠っている。

 松下よりも金を稼いだ人、儲けた人は沢山いるけれども、「巧い」というポイントからすれば、政経塾の設立によって、自らの死後も、長期にわたって、日本の政治と経済に影響を与え続けているという事だ。

松下幸之助(1894~1989) 電気器具の製作から得た莫大な財産で政経塾を興し日本の政治と経済に 影響を及ぼしつづける

 現在、松下政経塾出身の政治家は、衆議院議員三十一名、参議院議員七名、都県議会議員十三名、市区町村議会議員十五名、知事一名、市長八名という陣容であり、所属党派は多岐にわたるが、一大勢力である事は間違いないだろう。

 しかも、政経塾は全寮制なので、塾生たちは起居を共にしているわけだから、その連帯感、同志的な結合は、いまや日本社会では珍しい、濃厚かつ堅固なものになっている。

 これだけの、周到さをもって、日本の将来に、確実に、持続的に影響力を及ぼす事に「成功」したのだから、やはり、松下幸之助は、稀代の人物と云う他ないだろう。

 もちろん、政経塾出身の政治家の資質や業績をどう評価するかは、なかなか面倒な問題ではある。ただ従来、国政に参与したくても出来なかった、有志の若者を政治の舞台に立たせる、その助力をしたという事実が、格別な試みである事は、否定できないだろう。

 松下は、政経塾の発足にあたって、ポケットマネーから七十億を拠出した。

 七十億円には、土地代は含まれていない。

 茅ヶ崎にかつてあった、ナショナル学園という販売店研修の施設の土地を、松下幸之助個人が所有していた京都東山の千五百坪の土地と交換したという。