中国
「激動の過渡期」を迎える中国---習近平新総書記&呉勝利は対日強硬派、そして一人っ子世代の若者たちは反日よりもデートに夢中!?
今年3月の全国人民代表大会に出席した胡錦濤総書記(中央左)と習近平(中央右)〔PHOTO〕gettyimages

 「担当大臣であるあなたは、香港の活動家が上陸した8月15日に、執務室にいて指揮を執っていたのか!?」

 「なぜこのような集中審議を行うまでに、2週間近くもかかったのか!?」

 8月23日、久々に衆議院予算委員会を、衆議院4階の記者席から傍聴した。いまホットな尖閣諸島と竹島の問題に関して、自民党随一の論客である石破茂元防衛大臣が、野田首相、藤村官房長官、玄葉外務大臣、森本防衛大臣、安住財務大臣、羽田国土交通大臣らを前に座らせ、矢継ぎ早に質していく。各大臣は、まるで教師に叱りつけられる生徒のように冷や汗を垂らし、特に羽田国交相などはタジタジとなっている。 

 2時間ほど、法廷ドラマの生舞台を見るかのように(失礼!)、与野党の論戦を見入ってしまった。何と言っても、北京から来た私には、鮮烈な光景に映ったのだ。

10年ぶりのダイナミックな政権交代

 そこで思ったのは、このような光景のない中国との対比だった。

 中国には8つの政党があるが、実質上は共産党の一党独裁なので、野党が与党を追及し、それを全国民に生中継するなどという「仕組み」はない。胡錦濤総書記や温家宝首相が発する言葉は、常に「重要講話」であり、彼らが公的な場で批判されることはない。何を語ろうが、くしゃみしようが、盛大な拍手を受けるばかりである。

 このようなブラックボックス社会から発せられる「反日デモ」というメッセージは、海を挟んだ日本人には、得てして分かりにくいものだろう。私は、中国という世界最大規模の社会が、いま「激動の過渡期」を迎えているのだと解釈している。

 「激動の過渡期」という意味は第一に、権力の過渡期という意味である。周知のように中国は、この10月に、第18回共産党大会を控えている。共産党のトップ9人のうち、胡錦濤総書記を始め7人が引退し、習近平副主席が共産党総書記の座に就く。10年ぶりのダイナミックな政権交代だ。

 中国は古代から、権力の移行期には「乱」が起こるのが常だった。10年前の江沢民から胡錦濤への移行期には、SARS騒動が起こり、首都・北京を始め中国各地がパニックに陥った。だが、「転んでもタダでは起きない」のが中国共産党の特長で、新米の胡錦濤政権は、SARSのどさくさに紛れて、江沢民派の「残党」を一掃してしまった。何事でも権力闘争のタネになるものだと感心した次第だ。

 そして10年後の今回である。つまり今回は、「反日」が、中南海の権力闘争のタネになるかもしれないということだ。その主役は、胡錦濤総書記と習近平新総書記である。

 胡錦濤という政治家は、明らかに「親日派」の部類に属する。日本人の要人と会うたびに、「1984年の中日交流が私の外交の原点だ」と言って憚らない。 

 1984年、やはり親日派の政治家として知られた胡耀邦総書記の発案で、3000人の日本の有為な青年を、中国に招待した。これだけ大勢の日本人青年が一度に訪中したのは、後にも先にもこの時だけだ。偶然だが、当時、松下政経塾に通っていた野田首相も、この3000人の一人として、初訪中している。

 この時、中国側の接待役の責任者を務めたのが、当時41歳の胡錦濤・共青団第一書記だった。昨年11月のカンヌG20で、初顔合わせした野田首相と胡錦濤総書記は、この時の思い出話に花を咲かせたという。

 胡錦濤総書記は、その前任の江沢民総書記がゴリゴリの反日派だったこともあって、余計にその親日ぶりが際立った。私は胡錦濤総書記に面会した少なからぬ政治家や官僚などから話を聞いたことがあるが、彼らが一様に証言するのは、「胡錦濤は日本に敬意を持った政治家だ」ということだ。2008年5月には、5日間にわたって訪日し、日中外交史上重要な「第四の文書」を、当時の福田首相と交わした。

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