ドイツ
「ブレゲンツ音楽祭」に大興奮! ボーデン湖に浮かぶ巨大な舞台装置は一見の価値あり!
ボーデン湖上で繰り広げられるスペクタクル〔PHOTO〕gettyimages

 前々からの夢だったブレゲンツの音楽祭に行ってきた! ドイツとオーストリアとスイスの国境のところにボーデン湖という大きな湖があり、ブレゲンツはその畔の小さな町。ドイツから、オーストリアに入ったすぐのところにある。

 ボーデン湖は、のどかな景色と温暖な気候のため、昔から保養地として有名だ。今でも、数日かけて湖を一周するサイクリング客や、遊覧船で物見遊山をする人々で、年中、適度に賑わっている。日頃のストレスを解消するにはもってこいの場所だが、ただ、湖を一周しても、さして興奮に値する物は見つからない。

 唯一の例外が、毎年、7月末から1ヵ月開催される「ブレゲンツ音楽祭」。これはエキサイティングの一言に尽きる。

 出し物はオペラで、醍醐味は、そのオペラが湖の上で演じられること。舞台は完璧に水の上、そして、観客席も湖に迫り出すように作られている。舞台は巨大で、しかも、その仕掛けが凄い。アイデアとハイテクの競演だ。

 舞台装置を作る技術者の苦労も並ではない。たいていの演出家は夢多き芸術家なので、好き勝手なアイデアを果てしなく噴出させる。それを実際に機能させるための方法を考え出し、水中、水上に建設するのが、技術者の仕事。つまり彼らも、毎回新しい出し物が決まる度に、大いなる戦いに臨んでいるような興奮した気分になるに違いない。

 ただし、一番大変なのは、もちろん歌手だ。舞台はたいてい湖面から突き出した小山のような形状なので、あちらもこちらも段差の大きい険しい階段で埋め尽くされている。その階段を上がったり下りたりしながら、ハーハー息を切らしたりせずに歌わなくてはいけない。相当のコンディションが要求される。

 そのうえ上方の危ない所では、命綱で繋がれながら歌うことも稀ではなく、高所恐怖症では務まらない。また、冷たい水に落とされたり、飛び込んだりという演出もあるため、泳げない人もダメ。つまり、ブレゲンツでの役を射止めるには、音大では決して習わなかったことを山ほどこなさなければならない。今回スパイ役のテノールを歌ったイギリス人は、20メートルの高さからザイルでぶら下がって歌うため、ロッククライミングの免状を取ったという。

巨大な舞台装置〔PHOTO〕gettyimages

ボーデン湖に浮かぶ巨大なマラー

 出し物は2年ごとに変わる。去年と今年は『アンドレア・シェニエ』、19世紀の終わりのイタリアオペラだ。フランス革命の動乱が背景。アンドレ・シェニエ(アンドレアはイタリア読み)は実在の人物で、最初は革命に賛同するが、ロベスピエールが権力を握って恐怖政治を敷き始めると、反対側に回ったため、逮捕され、ギロチンの露と消えた詩人だ。

 その悲劇の詩人をモチーフに、ウンベルト・ジョルダーノがオペラを作ったのが、それから100年余りが過ぎた1896年。素晴らしいオペラをいくつも書いているのに、ジョルダーノが今まであまり知られずに来てしまったのは、運悪くも、時代的にプッチーニと重なったからだと言われている。ようやく今になってプッチーニの名声の陰から姿を現し、作品も発掘され始めた。

 ブレゲンツの『アンドレア・シェニエ』の舞台装置はとても奇抜だ。現在ベルギーの王立美術館にある『マラーの死』という絵画が基になっている。マラーというのはジャコバン派の政治家で、フランス革命のさなか、反対派の女性活動家、シャルロット・コルデーによって暗殺される。バスタブに浸かっていた時にナイフで刺殺されたので、絵は、筋肉隆々のマラーが、顔を天井に向けてバスタブに横たわっている構図だ。

 頭にはタオルがターバンのように巻かれ、左手には暗殺者コルデーに渡された手紙を握り、右手はだらりと垂れさがっている。胸にはナイフの傷跡があるが、お風呂の水が血で染まっているわけではなく、しかも、マラーの死に顔は美しい。絵は、マラーの暗殺の後すぐに描かれている。ほとんど、ジャコバン派のプロパガンダ作品に近い。

 ブレゲンツのオペラの舞台として、このマラーの絵が再現されている! つまり、ターバンを巻いた巨人の顔が、ボーデン湖というバスタブに浮かんでいるのだ。天を仰いだ死に顔は、高さ24メートル、重さが60トン。何も知らないパイロットがセスナ機で上空を飛んだなら、驚愕のあまり、墜落しそうになると思う。

 ボーデン湖で死んでいるマラーは、ときに目や口が開き、出演者がそこから出たり入ったりする。目が不気味な光を放つこともある。水の中から出ている巨大な手には、暗殺者コルデーの手紙が握られているが、実は、この手紙が大きな筏のように水に浮いて、もう一つの舞台となっている。筏の舞台は水中に敷かれた線路に固定されており、右や左に移動する。水位の変化にも対応できるので、いつも正確に水面に浮かんでいる。

観客席の様子(筆者撮影)

 また、マラーの左肩のところには、19メートルもの高さの金縁の鏡もある。鏡といっても、それは枠だけで鏡は嵌っていないのだが、鏡があるはずの面に、ボーデン湖から吸い上げられた水を噴射して薄い膜を作り、あたかも鏡のように見せかけている。その鏡の中で大勢のアクロバットが無重力状態で飛び回ったり、消えたりするシーンもあるのだが、彼らは消えると、鏡の枠の後ろの、観客席から見えないところに設置してある大マットレスの上に着地しているそうだ。

 とにかく、何が起こるかわからないため、潜水のレスキュー部隊が、常時待機している。

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